『千日の瑠璃』358日目——私は詫だ。(丸山健二小説連載)

 

私は詫だ。

妻が取った態度のあまりの非礼を反省し、その夫が心をこめてする、詫だ。老婆は私に驚き、「いいえ、わたしのほうこそ余計な真似をしまして」と言い、「親御さんのお気持ちも考えないで」と言った。私は弁解に終始した。「ああいう子を持ってしまってからずっと気が立っているんです」とか、「他人さまの親切を素直に喜べなくなっているんです」とか、「家内はもうどうしていいのかわからなくなっているんです」とか。

やがて老婆は、こう言った。「たしかに奥さまのおっしゃる通りかもしれません」と言い、「この歳まで生きてもまだまだ思慮が足りませんで」と言った。それからしばらくして私は徐々に固さがとれ、彼女の気遣いによって和らげられ、しまいにはすっかり受け入れてもらえたのだ。「訪ねた甲斐がありました」と世一の父は言い、縁側に坐って出されたお茶を飲み、次第に濃くなる秋色について語り、また何回も頭を下げて帰って行った。

そのあと老婆は、二度と起きあがれない身となって久しい夫のところへ行き、私の内容をそのままそっくり伝えた。しかし夫は顔を真っ赤にして咳こむばかりで、何も言わなかった。私は病人の倒れた肺に吸いこまれ、清浄な胸のうちをぐるぐると回された挙句に、子どもなんて持つものではないという思いと共に、また、数々の苦い思いを取りこんだ煤色の痰と共に、洗面器にペっと吐き出された。
(9・23・土)

丸山健二×ガジェット通信

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