『千日の瑠璃』312日目——私はピラミッドだ。(丸山健二小説連載)
私はピラミッドだ。
少年世一がおよそ半日を費し、一意専心して遂に完成させた反逆の建造物、砂のピラミッドだ。しかし意外にも、造った当人は私が何であるかを知らない。すでに彼は、姉が気紛れに取り寄せた海外旅行のパンフレットに私の写真が載っていたことを忘れてしまっている。今の彼は、私のことをてっぺんに一軒家がある八面玲瓏の片丘だと思いこんでいる。
だが、湖畔の松林で性的なキャンプ生活を楽しんでいる若者たちは皆、私を正しく理解しており、さかんに私の名を口にする。かれらは、ひと泳ぎしては浜に寝そべって甲羅を干し、光と光の隙間にちらちらしているさほど明るくはない未来を垣間見るたびに顔をそむけ、不安でいっぱいになった眼を今度は世一と私に向けるのだ。かれらはおそらく、曲線的な動きをする少年が、直線的で相対的な私を造りあげたことを面白く感じているのだろう。誰もが世一の腕前に舌を巻いている。
世一は仕上げとして、高さ一メートルの私の頂きに、豆腐によく似た形と色の石をひとつ載せる。家のつもりだろう。ついで彼は、注意を払って私によじ登り、角張った石の上にそっと腰をおろして、ひとしきりオオルリのさえずりを真似る。それから慎重に立ちあがると、両腕を翼のようにはばたかせ、一気に飛ぶ。顔面から着地した彼は、鼻血をぼたぼた垂らしながら、げらげらという安堵混じりの嘲笑を浴びながら、丘の家へ帰って行く。
(8・8・火)
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