『千日の瑠璃』304日目——私は緊張だ。(丸山健二小説連載)
私は緊張だ。
端倪すべからざる鋭角的な情勢のなかから絶え間なく放出される、原始的な緊張だ。しかし、とんだ食わせ者揃いのまほろ町の人々は、私のことをある種の心地よさとして受けとめており、私が少しでも長く保たれ、できうればより一層高まることをひそかに願っている。そして今のところ私は、かれらの期待を裏切っていないし、かれらの話の腰を折るような真似もしていない。
住民よりもまずかれら自身のために尽力するまほろ町の警察は、刃物で殺された男の大々的な葬儀をよその町で行なわせる妙案も、次善の策も、結局思いつくことができなかった。かれらの後押しをする県警にしても、これはというような秘策を授けられなかった。また、どうかほかの場所で、せめて郊外でやってもらえまいかという、町民の代表や役場の職員の低姿勢な申し出も一蹴されてしまった。如何なる相手でも矯めつ眇めつ見る長身のやくざ者は、平身低頭する役場の男の肩をぽんと叩き、こう言った。「わしらにごちゃごちゃ文句つける暇があったら、もっとましな鬘でも捜してこいや」と。
その青年は今、多額の香典と私を置いて帰ろうとしている同業者たちのクルマの手配に忙しい。大通りは駐車違反でいっぱいだが、警察ではそれを黙許している。縄張り争いの小道具になりはてた死者の影は、生前彼が抱懐していた矛盾だらけの信念と共に消滅する。
(7・31・月)
ウェブサイト: http://marukuen.getnews.jp/
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。