『千日の瑠璃』302日目——私は盾だ。(丸山健二小説連載)

 

私は盾だ。

法律と常識の外に身を晒して生きる連中を守り、併せて世論に抗する力をも秘めた、ジュラルミンではない、鋼鉄製の盾だ。私と三階建ての黒いビルのあいだに案山子のように立っている武装警官は、蒸し暑さに辟易しながらも、奇襲に備えて油断なく眼を光らせている。不自然なほどゆっくりと、あるいは、不必要に速く接近してくるクルマはないかと、通りの左右を見張っている。あるいはまた、幌付きのトラックやダンプカーやショベルカーなどにも神経を尖らせている。

これからも社会の擯斥を受けることはないであろうまほろ町の人々、かれらは物々しい警戒に満足しながらも、私を指差してこう言う。一体誰を守っているのか、と。そんなかれらの表情は、衷情を訴える被災地の人々の顔にどこか似ている。つまり、怒りや悲しみだけで成り立ってはいないのだ。そして夜になると、働き盛りの酔っ払いがやってきて、私の向きがあべこべではないか、と口々に難癖をつける。しかし、私はもう汚辱を被るととに馴れている。更に夜が深まると、田舎者にしては人擦れしている醜婦が現われ、ビルのなかにいる者と私の蔭にいる者とは、所詮似た者同士だと聞えよがしに言い、「世の中なんて」と言い、銭湯の方へ行く。私の前にある凶行の現場に供えられた花が、「その通りだ」と頷く。それから一度見たら忘れられない病気の少年がきて、私に犬の糞を投げる。
(7・29・土)

丸山健二×ガジェット通信

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