『千日の瑠璃』301日目——私は救済だ。(丸山健二小説連載)

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私は救済だ。

少年世一の飼い鳥となったオオルリが、神に入るさえずりの妙技で示す、救済だ。私はまほろ町の住人と、まほろ町を通過して行く人々に向って、丘のてっぺんから猥雑な思想を声高に叫ぶ。天意に従い、天の佑助を信じよ、と。言責を重んじ、真理を自得せよ、と。欲心を棄ててかかり、強者に屈伏するな、と。また、それ以上の過ちを犯すな、とも言う。

しかし暑い盛りのなかでぐったりとしているかれらは、聞く耳を持たない。樹蔭で添い寝して子どもに乳を飲ませる若い母親の胸には、依然として激しい情火が燃えており、地益を壟断して気働きのある部下の諌言を無視しつづける町工場の経営者は、口癖の「言わずと知れたことだ」を連発している。甘言に釣られ、誤謬の多い説を鵜呑みにした挙句に万策尽きた未亡人は、長い低迷から抜け出すベくいんちき宗教を狂信している。

知見を広めようと各地を巡って流亡の日々を送る旅僧は、同宿した行商の女に言い寄り、失敗して、いつもの自己嫌悪に陥っている。退職後まで文学の研究に沈潜したいとは思わず、それでも博覧強記を自覚する元大学教授も、未だに活字の外にある己れの何たるかを知らない。そして、重いローラーを引いてテニスコートの地ならしをする女子高生たちは、滴る汗と発情の証しの笑声で以て、私の忠告を一蹴する。けれども、かれらのそうした反応こそが、実は私の最も希うところなのだ。
(7・28・金)

丸山健二×ガジェット通信

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