『千日の瑠璃』296日目——私は記事だ。(丸山健二小説連載)

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私は記事だ。

世間の顔色を窺いながら社会正義をちらつかせ、ときには握造された報道も厭わぬ、そんな新聞に載った記事だ。地方版を飾るトップ見出し、それを支える私、どれも例によって泥臭い。私はまほろ町に発生した数十年ぶりの殺人事件を、写真入りで詳細に伝えている。写真には好悪な三階建てのビルと、その入口の前に立つ長身の青年が写っている。青年は記者の撮影を妨げようと、カメラに向って左の掌をぐっと突き出している。彼の顔面は、抗議や憤怒や虚勢が入り混じって引きつっている。しかしそれでも尚、眼尻のあたりに抑え切れない喜びが表われている。次に殺されるのは己れかもしれないというのに。

青年の蔭にもうひとり写っている。病気のせいで表情が大時化の海のように歪んでいるその少年の片方の眼が、野次馬根性を見抜いて、ぎらりと光っている。たぶん読者は内心ぎくりとするだろう。だが、全体としては私にふさわしい間抜けな写真だ。とはいえ、私のすべてが見当外れであるというわけではない。事々しい書きっぷりではあっても、要点はきちんと押さえてあり、舌足らずということもないはずだ。これでやられたほうの一派が使命を果たしたことになる、という見解を載せているのだから。つまり、これでかれらは抗争のきっかけを作ることに成功したのだ。それにしても写真の少年は、組員よりも更に反社会的な存在だ。彼は世間を愚弄している。
(7・23・日)

丸山健二×ガジェット通信

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