『千日の瑠璃』208日目——私は鳥居だ。(丸山健二小説連載)

 

私は鳥居だ。

天気のいい日は老人同士の高話が絶えないあまびこ神社の、笠木に反りがない鳥居だ。私の下をくぐり抜けるたびに年寄りたちは、恐れ戦くことをやめる。立ちくらみが何回もつづいたあと病の床に臥せたり、反り返るほどの激痛のあとで死んだりする、そうした類いの怯えから解き放たれたかれらは、私を振り返って相好を崩し、独り笑壺に入る。それから突然胴間声を張りあげ、痴呆症も手が出せないほど脳の深いところにしっかりと刻みつけられている古い歌を、古い調子で歌う。

あるいは、神仏への聞き捨てならぬ臆見をとことんまくしたて、死など何するものぞと壮語する。あるいはまた、動かぬ証拠を次々に突きつけながらの嫁の詰問に、まるで覚えがないと白を切り通し、その分野では自分に比肩する者がいなかったと大ぼらを吹く。壮者をも凌ぐかれらは、芝居がかった柄の着物に映りのよい帯をしめた、老いた芸者が向うからやってくると、でれでれやに下がり、強引に引きとめ、ある者は物売りの呼び声を上手に真似てみせ、ある者は膂力が弱ってもまだ剛毛が密生している腕を振り回してみせる。またある者は、この歳になって耳目に触れるものすべてがこれほど美しく思えるとは、などと言って感泣する。そこへ少年世一がやってきて私に石を投げ、私に小便を掛けたりしても、年寄り連中の異様な高揚に些かの陰りも生じない。なぜだ、と私は自問する。
(4・26・水)

丸山健二×ガジェット通信

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