『千日の瑠璃』175日目——私は猫車だ。(丸山健二小説連載)
私は猫車だ。
これまで湿った赤土と乾いた空虚のほかには何も運んだことがない、錆だらけの猫車だ。労力ばかり要する仕事を私と共に長年つづけているのは、皆が皮肉で彼こそ神の転生だと言う、まほろ町では五本の指に入る変り者だった。仕事の内容は重い割に簡単で、塀の外に積みあげられた赤土を私に移し、平坦な道を二百メートルほど運んで塀の内側にぶちまける、というただそれだけのことだった。
夕方五時までには赤土の山は消えており、翌朝九時にはまた新しい山がそこにあった。無口な彼は、この私にさえも真情を吐露することがなかった。こうした仕事をどう思っているのか、こうした日々をどう考えているのか、他人の労働と比較してみたことはないのか。彼は私の問いに答えなかった。もしかすると何も言わないことが生きる力になっているのかもしれなかった。そして彼は、赤土が何に使用されるのか未だに知らなかった。
だからといってこの男が、特に損耗の激しい、お感じなしの神経の持ち主というわけではなかった。屈折している点では、むしろ彼を雇いつづけて、何十年も同じ仕事を与えてきた男のほうに一日の長があった。きょう、鬘をつけた役場の職員が、高校時代の級友だという経営者に訊いた。トラック一台あれば一時間ですむ仕事なのになぜだ、と。経営者は酒臭い口気を吐き散らして言った。「あいつが本当に神かどうかを確かめたいんでな」
(3・24・金)
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