「いちばん傷ついている人たちのこと、まず考えよう、とか思う」 メディアアーティスト、八谷和彦さん<「どうする?原発」インタビュー第16回>

放射線についてのイベント「ガイガーカウンターミーティングふくしま」を企画したメディアアーティスト、八谷和彦さん

 セシウム、ベクレル、シーベルト。福島第一原子力発電所の事故以来、聞き慣れない言葉がニュースで流れるようになった。幼い子供を持つ母親らが事故の影響を心配するのを見たメディアアーティストの八谷和彦さんは、少しでも不安を解消しようと、わかりやすい言葉で事故の状況についてツイッターで発信。専門家たちと東京や福島で放射線について考えるイベント「ガイガーカウンターミーティング」(GCM)を企画してきた。原発問題で議論が高まる中、福島の人たちのために今、できることとは――?

・特集「どうする?原発」
http://ch.nicovideo.jp/channel/genpatsu

■福島で放射線についてのイベントを企画

 「デマの中で、架空の福島県民が今まで何人殺されたことか」。今年7月、福島を訪れた八谷さんが、地元の人から聞いた言葉だ。原発事故以後、被災地の人たちは「放射能で大勢が死ぬ」と一部の人たちから呪詛のように言われてきた。「どうして東京電力にもっと怒らないんだと、”御用被災者”扱いされた人もいたようでした。原発に対する立場はどうであれ、現実的に一番傷つけられている被災者の人たちを、さらに傷つけるようなことはやめようよ、というのが僕の立場です」と語る。

 八谷さんが福島を訪問したのは、福島市と郡山市で2日間にわたり開催された「GCMふくしま」のためだ。東京大学大学院の早野龍五教授や、高エネルギー加速器研究機構の野尻美保子教授が、放射線や健康への影響について講演。また、専門家とガイガーカウンターの測り方を学ぶワークショップを開いた。昨年6月に東京で開かれたCGMに続き、2回目の開催で、実際に現地の人たちに話を聞くことも目的のひとつ。漫画家、しりあがり寿さんや大阪大学サイバーメディアセンターの菊池誠教授らも参加した。

「福島について、いくつかひどいうわさが流れていました。『妊娠している女性は流産する』、『先天性異常の子供が増える』。そうしたデマに傷ついていました。福島の人たちが立ち上がろうとしているのを助けなければならないのに、後ろから叩こうとする人たちがいる。その状況をなんとかしたいと思いました」

■デマが拡散し”良いニュース”が流れない

 「GCMふくしま」では、地元で生産や流通に携わっている人たちとの対話も行った。

「県内には確かに放射線量が高いところもありますが、福島県は非常に広いエリア。例えば、会津など東京と変わらないような線量でも、農作物には『福島産』と書かれるので仕入れてもらえなかったり、買ってもらえなかったりする。そうしたことに、地元の人たちは本当に困っていました。実際、農家の方は汚染されている土壌の影響がなるべく出ないようさまざまな工夫をしているし、流通前には福島県産が一番多く検査もされています。でも、ND(不検出)という結果が出ても、そういうニュースは流れません」

 マスコミが報じるのは、線量が高かった場合の「悪いニュース」ばかり。ネットではデマが横行する。正しい情報が伝わりづらい中、福島の人たちが何を求めているのか、八谷さんは知りたかったという。

「今夏、東京や関西に住んでいる人たちの興味は、福井県の大飯原発再稼働問題にいってしまっていた。でも、実際に被害に遭った福島の人たちが復興しようとしているのを応援したかった。マスコミが旬のニュースばかり伝えるのは仕方ないけれど、過不足ない福島の姿を伝えるお手伝いがしたい。そこでまずは、生の声を聞くことが大事だと考えました。また飯舘村の現状も見てみたかった。農業経験のない私たちは、移住して農業をすればいいじゃないかなどとつい思ってしまいますが、環境そのものが農家にとっての資産。簡単に捨てて、ゼロから作れるもんじゃないと、現地に行って痛感しました」

■「放射線はお化けのようなもの」

 GCM福島のために、八谷さんは2か月を準備に費やした。もちろん、手弁当。「儲からないことをするのがアーティストですから」と笑うが、何が八谷さんを動かしているのだろうか。きっかけは、311にまで遡る。

 「東日本大震災の日はロケット打ち上げ準備で北海道にいたのですが、ツイッターを見ると東京はすごいことになっていた。翌日なんとか飛行機で帰ってきて情報を収集してみると、原発も大変なことになっている。情報も混乱していたし、そんな事故も初めて。シーベルトとか初めて聞く単位が飛び交う、普通の人には状況がさっぱりわからない状態でした」

 そこで、3月15日には、子供にもわかるよう、放射性物質や放射線を「うんち」、「おなら」になぞらえて原発事故をツイッターで解説。あるユーザーがそれをもとに動画を作り、国内だけでなく、さまざまな言語に翻訳されて世界中に広がった。

 「自分の子供が当時、幼稚園児で、ママ友のお母さんたちが不安になっているのをみて、大雑把でも状況把握をすることが大事だと思いました。チェルノブイリ原発事故を引き合いに、恐怖のみがあおられていたので、チェルノブイリと福島第一原発の構造上の違いや、最悪の場合がどうなるかを当時分かる範囲で書いておこうかと。実際、ワーストケースとほぼ同じことになってしまったんですけど、とにかく速報という形でやりました」

 また、教鞭を執っている東京芸術大学の取手キャンパス(茨城県)でも、近隣で高い数値が出てしまい、不安を感じる学生が続出した。八谷さんは自作ガイガーカウンターを校舎に設置、学生が判断できるよう、計測した数値をツイッターで自動公開した。「放射線はお化けみたいもの。誰でも見えないものは怖いし、怖いのはしょうがない。それでも測って考えて判断するしかありません」

■「もっと福島の”今”を伝える機会を」

 身近なお母さんたちや学生のために原発や放射能について情報を発信していたが、一方で、専門家である科学者が断定的に発言する難しさもわかっていた。

「『これぐらいの放射線量になったら避難する』など、科学者の立場にある人ほど、簡単には言えないのがわかっていたし、小さな子どもがいるかなど立場が違えば危険度の感じ方も違います。だから、科学者ではない人も入って、フランクに話す場を作れれば、と思いました。当時はメディアアーティストとして、社会と科学をつなぐサイエンス・コミュニケーションのフォローをするのが今の自分に出来ること、と考えてました」

 そうした姿勢が、ガイガーカウンターミーティング実現へとつながった。今回のふくしまGCMではネットを通じて支援を募るクラウドファンディングのサイト「READYFOR?(レディーフォー)」で、募金を呼びかけたことも、試みのひとつ。目標額の48万円を大きく上回る129万円が集まった。「世の中、捨てたもんじゃないなと思いました」と八谷さん。会場費だけでなく、多くの講師・参加者の宿泊費・交通費も捻出することができた。「NPOですらない個人が集まって、年に1回ぐらいしか開催できませんが、やりたい人があつまって、そこに個人支援してもらったことでニュートラルな場にできたのではないかと思っています」

 今後、GCMの開催は未定だが、「これをモデルにして、もっと小規模でもいいから、色々な場所で開催できるようになればいいかな」と話す。

「福島の今を伝える機会がもっとあっていい。例えば、ニコニコ動画やニコ生にはそれができるのではないでしょうか。GCMふくしまには尻P(SF作家、野尻抱介)さんも参加していて、一緒に飯館村をいろいろ回ったんですが、僕も尻Pも、『放射線に立ち向かう福島の人たちカッコイイ』とか思ったんです。ニコニコ町会議もいい試みだと感じていて、地方に行って、なるべく偏見のない状況で、地元の人たちと付き合う。そうやって、福島の人たちと対話してゆくことが今一番必要だと思っています」

■八谷和彦(はちや・かずひこ)
メディアアーティスト。1966年佐賀県生まれ。九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)画像設計学科卒業。メールソフト「PostPet」の開発者としても知られる。代表作に「視聴覚交換マシン」や個人用飛行機制作プロジェクト「オープンスカイ」など。2011年6月、ガイガーカウンターの正しい測り方を学ぶ「ガイガーカウンターミーティング」を東京で開催。今年7月には「お世話人」として「ガイガーカウンターミーティングふくしま」を福島市と郡山市で開催。

◇関連サイト
・特集「どうする?原発」
http://ch.nicovideo.jp/channel/genpatsu
・「ガイガーカウンターミーティングふくしま」 – 公式サイト
http://gcm-gcm.blogspot.jp/
・「ガイガーカウンターミーティングふくしま」 – まとめリンク集
http://togetter.com/li/341851
・「ガイガーカウンターミーティング」 – 公式サイト
http://g-c-m.org/

(猪谷千香)

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