尖閣国有化のタイミングは正しかったか(ジャーナリスト 野嶋剛)
ここ数日、中国メディアの知人から日中関係についてのコメントや分析について聞かれることが多かった。その際、先方にも反日デモについての見方を聞いてみたのだが、返ってくる答えのなかに、必ずと言っていいほど、「なぜ釣魚島の国有化の決定がこれほど最悪のタイミングに行われたのか理解できない」という一言が含まれていたことが印象に残った。
デモの破壊行動の是非は論じるまでもないが、この点については、私も似たような感想を持たないわけではない。
胡錦濤国家主席が野田首相にAPECで「警告」を発したのが9月9日。
尖閣諸島の国有化の決定は9月11日。
柳条湖事件(918事変)の日として中国全土で最も反日的気分が盛り上がるのが9月18日。
そして、日中国交正常化40周年の記念日として多くの祝賀イベントが予定されていたのが9月29日。実際にはその前の週からイベントがスタートしている。
共産党大会は10月中旬に開かれる見通しとなっている。
こうしたスケジュールが目の前に置かれたとき、論理的には、しばらく国有化を延ばすことで胡錦濤のメンツを立て、9月18日をなんとか穏便にしのいで、9月29日にそれなりに良好な雰囲気を盛り上げ、中国の指導者にとってはきわめて重要な党大会の方向性が固まったころを見計らって、国有化を発表すればいいのではないか、という計算は誰でも思いつくところだろう。
冒頭の中国人たちの疑問も、そこに向けられている。
国有化の決定が国内的な政治情勢と手続き論によって決められていることは分かる。聞くところでは、島の地主が売却を急いでいたという事情もあったようだ。ただ、これも論理的には、国有化は年内ぐらいに手続きを終えても、特に大きな問題になるわけではなかった。
国有化をせめて一カ月ほど延期していれば、反日デモが起きなかったとは言えないが、これほど過激な行動を群衆が取るほどの感情的な反発が生まれなかっただろうし、中国政府もその取り締まりにより真剣に動いた可能性は高い。国交正常化40周年の各種イベントもこれでかなり実施は難しくなるだろう。日本企業の経済的な損害もデモによる破壊やビジネスの中断など膨大なものになる。「粛々と進めた」ことの代償だ。
知り合いの外務省幹部は「確かにタイミングの問題があることは官邸には伝えていた」と話した。首相親書を中国に渡した山口外務副大臣が買収の延期を求めたが、受け入れてもらえなかったという話も伝わっている。国有化のタイミングについて、野田政権内でどこまで真摯に協議されたのか知りたい。
9月11日はいま、中国で「911」と呼ばれ、一つの記念日として定着しつつある。国有化は不可避だったとしても、その代償を考えた場合、「911」のタイミングが政策判断として正しかったかどうか、検証されるべき問題ではないだろうか。
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野嶋剛 Nojima Tsuyoshi
ジャーナリスト
1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長。現在は国際編集部。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)がある。
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