『千日の瑠璃』126日目——私は散弾だ。(丸山健二小説連載)

access_time create

 

私は散弾だ。

火薬の昨裂を力頼みにして、「殺してやる」とわめきながら風のなかへ飛び出して行く、やや大粒の散弾だ。狙いは違わず、ぶす、ぶすと獲物に命中した私は、羽毛を散らせ、肉にめりこみ、血管を破り、内臓を裂き、骨を砕き、指頭大の魂をも粉砕する。そして私は、哀れといえば哀れな、この先幾度でもうたかた湖を訪れるはずだった白鳥の命を、実にあっさりと奪ってしまう。

私といっしょにばら撒かれた轟音が、禁猟区の薄闇を引きちぎる。貸しボート屋のおやじが舌打ちをしながら、大急ぎで船外機付きのボートに乗りこむ。しかし氷に妨げられて思うように進めず、もたついているうちに密猟者は逃げてしまう。雪深い山中に逃げこんだ男は、降る星の下でよく切れるナイフを取り出し、まるで婦女子を凌辱するようにして艶めかしい姿の鳥を解体し、要らない物は埋め、肉と肝臓だけを持ち帰る。

夜が更けてから彼は、やはりのべつけちな邪欲に迷っている仲間を呼び寄せて、宴会を始める。肉の半分は塩焼きにされ、あとの半分は鍋物の材料になる。かれらがコップ酒でなくもがなの明日のために乾杯し、最初のひと口を頬張ったそのとき、丘のあたりから鳥とも人間ともつかない奇声が届く。すると、湖でうとうとしていた白鳥が一斉に鳴き出し、男たちは全身悚然とし、密猟者は肉に残っていた私を噛んで前歯を一本折ってしまう。
(2・3・金)

丸山健二×ガジェット通信

  1. HOME
  2. エンタメ
  3. 『千日の瑠璃』126日目——私は散弾だ。(丸山健二小説連載)
access_time create
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。