『千日の瑠璃』125日目——私は大豆だ。(丸山健二小説連載)
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私は大豆だ。
とうとうまほろ町に住み着いてしまった三人の無頼漢に対し、節分に託け、たっぷり厭味もこめて撒かれる大豆だ。迂闊にもそんな連中に土地を売ったために非難される破目になった八百屋の主人は、聞えよがしに「鬼は外!」と叫び、通りを挟んで正面にある三階建ての黒いピルをめがけて、私を投げつける。もちろんひと粒も届かず、声にしても頑丈な造りの建物のなかまでは届かない。それに、連中は今出掛けていて留守なのだ。
ほどなく外国製の高級乗用車が帰ってきて、裏社会の信念をあくまで固持する三人が降り立つ。すると八百屋の主人は急に声を落とし、「福は内!」しだけを唱える。ふたりの男は鋼鉄を仕込んだ扉の向うへ消え、痩身を流行のスーツで包んだ青年だけが、通りを横切ってこっちへやってくる。主人は震えあがり、いても立ってもいられなくなって店の奥へと逃げこむ。そして、オールバックの髪型の頭が、軒下をくぐると、彼は眼を合せたくなくて後ろを向いてしまう。長身の青年は入り用の品を告げ、私にぐっと顔を近づける。「節分用の豆ってのはこれか?」と訊かれた主人は、へらへら笑って、私を多目に袋に詰め、何をしでかすかわからぬ相手におずおずと手渡す。
夜になって、私はビルの窓から外へ投げつけられる。やくざ者もまた鬼を忌み嫌い、福に巡り合いたがっている。不幸を背負って歩く青尽くめの少年が、私を拾って食べる。
(2・2・木)
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