『千日の瑠璃』121日目——私は雪道だ。(丸山健二小説連載)

access_time create

 

私は雪道だ。

うたかた湖から始まって、結局うたかた湖で終る、カラマツ林のなかの雪道だ。夜中に降った雪にしては珍しく湿っており、その重さに堪えられずに折れた枝が、私の上にも無数に散らばっている。しかし一様に散らばっているためにさほど見苦しくはなく、私は依然として美しい白を保っている。漂う大気も白く、ゆるやかに流れる時間も白く、また、私に沿って歩きつづける父と子の心も白い。

まるで音センサー付きのおもちゃのような動きで歩く少年と、彼の自由奔放な足どりに合せて進む、如何にも地方公務員らしい風体の父親は、冬鳥の、主にカラ類の軽快なさえずりに聴き入っている。そして父親は、「何てったっておまえの鳥が一番だな」と言う。すると彼の息子は、ただでさえ歪んでいる顔を更に歪めて嬉しさをいっぱいに表わし、両腕を翼のように打ち振ってみせる。

それから少年は、何を思ったのか、突然私のことを父親にたずねる。どこからどこまでが道といえるのかと、私の幅について訊く。父親はこう答える。「おまえが歩くところ全部が道だ」と。ついで、こうつけ加える。「ほかの者はそうはゆかんだろうが、おまえにとってはどこも道だ」と。少年は納得したらしいが、私としてはその無責任な意見に承服しかねる。できるものなら、私は少年にこう言ってやりたい。「おまえの親父はそんな言い方をしておまえを見棄てているんだぞ」
(1・29・日)

丸山健二×ガジェット通信

  1. HOME
  2. エンタメ
  3. 『千日の瑠璃』121日目——私は雪道だ。(丸山健二小説連載)
access_time create
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。