『千日の瑠璃』113日目——私はストーブだ。(丸山健二小説連載)
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私はストーブだ。
がっしりとしている分だけ重く、重い分だけどこか遣る瀬ない、手造りのストーブだ。つい今し方完成した私は、刃物のようにぴかぴか光るステンレス製の煙突といっしょに運ばれて行く。私を作った男は、古い毛布を宛てがった背中に私をロープでしっかりと括りつけ、丘の雪道を慎重な足どりで登って行く。分解された煙突の束を抱えて男の後につづく女は、「すみませんねえ」を連発している。だが、思いなしかその声は弾んでいる。
私は男にのしかかって背骨をみしみしといわせ、汗を噴き出させ、呼吸を乱し、ついでに彼の未来をも押し潰してやろうとする。「こんな女はやめておけ」 と忠告し、「結果は前の女のときと同じだぞ」と脅しつける。しかし男は少しも動じず、滑り易い急坂を一歩一歩確実に登って行く。彼自身はまだそのことに気づいていないようだが、彼は私のみならず、すでに三十年生きた女までも背負おうとしているのだ。大量の雪雲がうつせみ山を越えてまほろ町へ押し寄せてくる。
一方女は女で、煙突だけではなく、ふらつきながら前を行く男の何だか胡散臭い半生をも抱えこもうとしている。ひと息入れるために、ふたりは立ちどまる。そこはまだ麓に近く、弱音を吐く高さではないというのに、男はぜいぜい息を切らしながら、「大変ですね、ここで暮らすのも」と言う。すかさず女は「ええ、まったく」と言う。似合いのふたりだ。
(1・21・土)
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