これってIT業界も全く同じじゃねえ?あるいは何故デカイ店のコックは育たないか
今回は白石 克さんのブログ『プロジェクトマジック』からご寄稿いただきました。
これってIT業界も全く同じじゃねえ?あるいは何故デカイ店のコックは育たないか
僕には、いろんな人に自慢しまくっている従兄弟がいる。
彼とは1歳違いなので、小さい頃から仲が良かった。例えば、僕が最初に暗記した英文は、”This is a pen”ではなく、”Your name is shit!”なのだが、それは親の仕事の都合でアメリカに行っていた彼から、6歳の時に伝授されたのだ。
現地のガキとの戦闘用語として。
ガリ勉派の僕とは違って彼は勉強が嫌いだったらしく、若い時からフランス料理の世界で修行を重ねた。やがてシェフにのし上がり、今年になってついにオーナーとして自分の店を出した。30代で一国一城の主である。立派だ。
料理人の世界は努力と創造性と技術による、競争の世界である。そこで結果を出してきたことに対して、僕は素直に彼を尊敬している。
ちなみに、彼の料理は滅茶苦茶ウマイ。彼の料理以外で太るのは悔しいから、僕は他のフランス料理屋には行かなくなった。
先日も食べに行った。一通り料理が出た後に厨房から出てきた彼と話していたら、なぜか人材の採用と育成の話になった。新規開店直後のオーナーシェフとしては喫緊の課題だ。
そこで彼が語った内容が、そのままIT業界にも当てはまりそうだったので、ここで紹介したい。
ミシュランに載るようなデカイ店で27歳位まで働いて、外に出なきゃダメだと気づく人もいる。そういう人をコックとして採用しようとしても、残念ながらウチみたいな小さいトコで2,3年やった奴に、もうかなわない。
あるある。
僕もちょくちょく、有名どころのSIベンダーから転職しようとする27歳くらいの人に採用面接で会う。でもたいていは採用できない。
なんで差がついてしまうのか。大きい所は分業が進んでいるから、仕事をはじめてしばらくは、ひたすら玉ねぎ炒めとかをやる。それはそれで大事だけど、小さいところで「何でもやらないといけない」という方が、絶対勉強になる。
あるある。
「どんな仕事からでも学ぶことがあるはず」と言うのは簡単だが、巨大システムのごく一部、例えば他システムとのデータ・インターフェース・プログラムの保守を三年やってた人が、アプリケーションの全体像を語れるようになっているかというと、普通は無理。
もっと深刻なのは、メニューが「誰でも作れるような料理」になっていること。出来あいの料理をあっためて切るとか。温度計刺して、中心が何度ならOK、みたいなノリ。大きな店だと、シェフしか作れないと困るから。
あるある。ありすぎる。
組織が大きくなればなるほど、多少スキルがアレな人でも、モノづくりができるような仕組みを考えないと、システムは完成しない。スーパープログラマーだけを300人集めてプロジェクトチームを作るのは不可能だから。
だから、スキルが高い人にとっては無用で工数ばっかり必要な、意味不明ルールが沢山できる。例えば「テストをちゃんと実行したかの証跡を、スクリーンショットで全部残す」とか。
それに盲目的に従っているうちは、最低限の品質を担保できる。だが引き換えに、個人のスキルは中々上がらなくなる。
標準化のジレンマとでも言おうか。
でかくて有名な店は、原価率(売値に占める食材費の割合)を下げる。ウチの店だと、今の季節は35-40%だけど、10%台の店なんかもある。オレらからみるとそれ買うの?という食材を仕入れていく。
フォアグラなんかも冷凍だから解凍してあっためるけど、それだとさすがに美味しくないから、味付けを工夫したり。可愛らしく飾り付けしてあったりするから、喜ぶお客さんもいるんだけど、料理人のウデはそんなんだと上がらないよね、やっぱり。
あるある。
プロパー社員をSEとして使うと単価が高くなっちゃうから、オフシェアとか安い他社の工数を仕入れて原価を下げる構図に似ている。
そのかわり、プロパー社員は提案書とか進捗管理資料を綺麗に整えるのはうまくなるとか。
そういうヤツに「じゃあちょっとそこの肉焼いて見て」「こう言うの作って」と言っても、全然作れない。
はい、手を動かしてもらったり、自分で考えてもらおうとすると固まる人、たくさんいます。
もちろん、小さいトコで修行して、将来自分の店を出したい、と言うヤツもいる。そういう奴は、大きい所ほど給料を出せなくても、きてくれる。あと、伸びるかどうかは、ちゃんと挨拶出来るか、話が出来るかが大きい。それができれば、先輩が可愛がってくれて、いろいろ教われる。
うむ。愛嬌大事ですよね。僕はそっち方面はダメダメなので、そういう人を見ると凄いと思う。あと、師匠を持つ事も大事だと思う。従兄弟も、ちょっと有名なシェフがやっている小さな店でずっと働いていた。
あと十年もしたら、一人では何も作れないコックもどきが大量にできる。どうすんだろうか?
うーん。何から何まで、IT業界でも同じ気がしてきた。
料理人○年、SE○年、という年数だけではスキルは推測出来ない。ちゃんとモノを作るところで、ちゃんとした経験を積まないとね。
結局、ITもコックも、お客さん(食べてくれる人)から離れるとダメなんだよね。
★追記(2012/9/7)
何人かの方からコメントいただき、僕も今一度、考えました。
自分自身がSEだったころの経験を振り返ると、
・小さい会社に就職した
⇒色々、細かい仕事もやらせてもらって良かった
・だが、2年ほど継続して担当した仕事は、巨大企業の巨大システムの一部を下請けとして作る仕事だった
⇒だから、システムの全体像が見られるわけではなかったし、それについて経験から語れることは少ない
・ただ、巨大システムの一部であるサブシステムについては、かなり任せてもらえた
⇒この時に、データアーキテクチャに悩んだり、業務担当の方と議論しながら仕事させてもらえたことは、大変な財産になった
これらの経験から思うのは、
・勤める会社の大小の問題ではない
・携わるシステムの大小の問題ではない
というのは、何人かの方がご指摘くださった通りだと思います。
料理の世界でも、大きなホテル出身の名シェフもいらっしゃるようですし。
そうだとしても、
・「あっためて切って出す」といった仕事しかしてなかったらダメ
・小さい領域であっても、一つの完成した姿を作らなければダメ
という事は言えると思います。
先ほどもコメント欄に書きましたが、大小の問題というよりも、「環境をよく選ばないと、構造的に良質の経験を積めないことになる」というのが、僕の言いたかったことです。
皆さん、的確なご指摘ありがとうございました。
執筆: この記事は白川 克さんのブログ『プロジェクトマジック』からご寄稿いただきました。
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