『千日の瑠璃』78日目——私は羽毛だ。(丸山健二小説連載)

私は羽毛だ。
血液や肉片や千日の寿命といっしょに空中で飛び散り、雪の原一面に散らばったツグミの羽毛だ。私は、烏の声を上手に口笛で真似る、頭のどこにもつむじのない少年を中心にして、見事な正円を描く。私に気づいた少年は、まずはハンターの姿を捜す。だが、銃を手にした人影は見当たらない。だいいち銃声などなかったのだ。やがて少年は頭上に眼を転じる。しかし、飛んでいる獲物を空中で捕捉した、弱肉強食の明快な論理を持つハヤブサは、すでに森へと消えており、そこには生と死の鮮烈な印象も残っていない。
少年は実に奇妙な一連の動作で身をかがめると、私をつまみあげ、気付けに一杯ひっかけたほうがいいかもしれない眼玉をぐっと近づけてくる。その途端私は、荘重な孤独感に打たれる。そして、理解の埒外にある、幻惑を与えずにはおかぬ不思議な力を感じる。私たちはほとんど同時に錯覚に陥り、利害の一致をみる。私は少年から肉体を譲り受け、少年は私から翼の元を得ようとする。少年は数十本にも及ぶ私をいちいち拾って、セーターに突き刺してゆく。それから少年は病人にしては力強い足どりで歩き出し、次第に歩調を速め、限界に達したところで両腕を激しく打ち振り、大地を思い切り蹴る。だが、彼を長いあいだないがしろに扱ってきた粗末に過ぎる肉体では如何ともし難く、私は彼の魂すら飛ばすことができない。
(12・17・土)

丸山健二×ガジェット通信

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