『千日の瑠璃』64日目——私は喧嘩だ。(丸山健二小説連載)

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私は喧嘩だ。

いつもは穏やかに過ぎるまほろ町だが、それでもたまには起きてしまう派手な喧嘩だ。真っ昼間の表通りで、私はだしぬけに暴れてやる。両者のあいだに行き違いがあったのは事実だが、せいぜい意見の相違という程度だった。よほど虫の居どころがわるかったのだろう、いい歳をしたかれらは、二言、三言罵り合ったかと思うとすぐに殴り合いを始め、それから取っ組み合いに移った。互いに鼻血を流して路上をごろごろところがる様は、どこか鼠の争いに似ていた。

集まってきた近所の連中や通行人は、とめようともしないで私を見物する。あまりの剣幕に手を出しかねているというわけではなく、巻き添えを食いたくないというだけでもない。どうやら私はかれらの眠っていた何かを叩き起こしてしまったようだ。かれらは胸のうちに赤くて黒い炎がめらめらと燃えあがるのを自覚しながら、それを性的な快感のように少しでも長引かせようとする。ぶちの毛の、普段はちっとも目立たない犬が、私を巡ってぐるぐると走り回る。そして、徘徊が生きるすべてとなっている病気の少年などは、小躍りして喜び、犬と競って折れたばかりの血のついた前歯を奪い合う。

そのとき、三階建ての黒いビルから長身の青年が現われる。彼がただ現われただけで私は顔色無しとなり、血まみれの男は離れ離れになり、見物人はちりぢりに散ってしまう。
(12・3・土)

丸山健二×ガジェット通信

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