乙武洋匡さんが「義足で歩く」ことを選んだ意味。テクノロジーで障がい者や高齢者の暮らしはどう変わる?
ベストセラーになった著書『五体不満足』(講談社)で知られる作家の乙武洋匡さんが、昨年『四肢奮迅』(講談社)を出版した。これは40代に突入した乙武さんが最新の技術を搭載したロボット義足や義手を装着し、「歩く」ことにチャレンジしたドキュメント。障がい者が身体能力を拡張して豊かな生活を送れるようになるための橋渡しとなり、社会変革の契機になればという希望を抱いて進めているプロジェクトだ。
今回は、このプロジェクトがスタートした経緯や現状、テクノロジーによる障がい者や高齢者の暮らしの変革についてお話を伺った。
自分も知らなかった「乙武洋匡サイボーグ化計画」
――「乙武義足プロジェクト」が始まった経緯について教えてください。
「乙武義足プロジェクト」とは、ロボット技術を用いた身体能力の拡張研究を行うソニーコンピューターサイエンス研究所の義足エンジニア・遠藤謙さんを筆頭としたチームのサポートのもと、私がロボット義足を装着して自然に歩くことを目指したプロジェクトです。 電動車椅子で移動する乙武さんは、歩く必然性を感じていなかった(写真撮影/片山貴博)義足エンジニアとの出会いで「歩く」プロジェクトが始まった(写真提供/乙武洋匡事務所)
遠藤さんとの出会いは、2016年3月にWebメディアの連載で対談したときでした。競技用義足の開発も進めている彼と、テクノロジーが進化することで義足と世の中がどう変わるのかというお話をしたのです。そのとき、遠藤さんが以前「乙武洋匡サイボーグ化計画」というプロポーザル(提案)を書いて、総務省が実施する人材プログラムに応募したと打ち開けてくれました。プロ野球の始球式でマウンドからベンチまでスタスタ歩く私の姿をYou Tubeで見て、「あ、義足で歩けそう」と思ったらしくて。びっくりしましたね、私に何の断りもなく提案していたなんて。相当面白くてぶっ飛んでる人だと思いました(笑)。
「もし助成を受けて予算が獲得できれば、ぜひ協力してください」と言われました。ただ、私自身、幼いころに義足に挑戦して諦めた経験があり、電動車椅子で世界中どこでも移動していたので、義足で歩く必要性をあまり感じていませんでした。それに当時の私は政治家を目指していたので、正式にお話をいただいても協力は難しいと思ったのです。
――文科省が所管する科学技術振興機構の「CREST」という研究プログラムから助成を受け、本格的に研究が動き出せる状態になった2017年、遠藤さんから研究に参加して欲しいと正式な打診がありました。協力しようと思った理由は?
遠藤さんと、プロジェクトの共同研究者である筑波大学図書館情報メディア系准教授の落合陽一さんにお会いして、話を聞きました。2人が終始ワクワクしながらプロジェクトの説明をしてくれたのですが、障がい者問題の打ち合わせにありがちな堅苦しい雰囲気ではなく、とても心地いい時間でした。それに当時の私は、週刊誌報道によって仕事をすべて失い、海外放浪の旅に出ていました。帰国してもスケジュールは真っ白という状況だったし、人生でもう二度と人様の役に立つことはできないと諦めていたので、チャンスをいただいたことや、何よりも自分を必要としてくださる人がいることが素直にうれしかったので、お引き受けしました。
――どのようにプロジェクトは進んだのですか?
お引き受けしたときは3カ月に1度ほど、モニターとして義足を履いて意見を言う程度だと思っていました。それが2018年4月にプロジェクトが始まったとき、我が家に練習用の平行棒が運ばれてきて、これは話が違うぞと面食らいました。「自宅に平行棒が運び込まれてこれは大変だと。ここから厳しい歩行練習が始まりました」(写真提供/乙武洋匡事務所)
最初は、太もものすぐ先に足首から下がついている短い義足で練習し、割とすぐに歩けました。練習すればするほど歩けるのでワクワクしたのですが、半年後にモーターが装備された膝付きの義足で練習してみると、立つことすらままならなくなりました。目の前が真っ暗に。これはもう、歩くのは無理ではないかと。
理学療法士の登場で再び希望が持てた
―――どんな感覚になったのでしょうか。
バランス感覚が分からないんです。足を前に出そうと思っても、足が持ち上がらない。モーターを入れたことで、義足が片足だけで5kg近くになってしまったんです。素人ながら、歩けない理由は体がL字に凝り固まっているからだと気づきました。私の場合、四六時中、座った状態で生活をしていることが原因です。しかし、12月に理学療法士の内田直生さんに加わっていただきました。すると、それまでの課題が劇的に改善していったんです。
――例えば?
足を前に出しやすくするために、上半身のストレッチを重点的にするよう指導を受けました。なぜ上半身のストレッチが必要かというと、上半身をほぐして体をひねりやすくすると、その動きに下半身も連動して、足が前に出やすくなると言うんです。私が義足で歩くことの三重苦は、“膝がないこと”“手がないこと”“歩いた経験がないこと”。健常者の皆さんは意識せずにできていることですが、私はそんな動きをしたことがないので、内田さんが口で説明してくださっても最初はなかなか腑に落ちませんでした。でも、歩行練習を続けるうちに感覚が分かってきて、やっと内田さんの言葉を体が理解できて、理論と実践の回路がつながった気がしました。それはとても面白かったですね。とてもきつくて大変だけど。
――脳で理解して、それを体に落とし込んでいくという作業をされている。
そうですね、トレーニングは本当に苦しく、それこそ三歩進んで二歩下がるような進み具合でしたが、プロジェクトが開始して1年半後の2019年8月、豊洲にあるランニングスタジアムでの挑戦で、最高記録となる20mを歩くことができました。ラスト3mは水の中で溺れている無酸素のような状態になり、息が苦しくてそのまま倒れこみましたが……。
足の運びを意識しすぎると、呼吸の仕方を忘れてうまく息ができません。達成してうれしいという思いより、この息苦しさを何とかしなければいけないという次の課題が見つかりました。
――今は?
まっすぐ歩く練習は夏で一旦ストップし、秋には立ち止まったり、左右に曲がったり、Uターンしたりといった練習をしていました。年が明けてからは、屋外で緩やかな坂の登り下りを練習しています。健常者はどうやって坂道を登り下りしているのかと不思議に思うほど、なかなかうまくいきません。
あとは、筋力や持久力を鍛えるために、2日に1回のペースで、義足を装着せずに、50分かけて50フロア分のマンションの階段を上がるトレーニングをしています。また、お酒や揚げ物を控えて体重を減らすなど、アスリートのような生活をしています。40を過ぎて、何を目指しているんでしょうね(笑)。豊洲の屋内トラックにスタッフが集まり、歩行できた距離を計測(写真提供/乙武洋匡事務所)
違い過ぎるロンドンと日本の障がい者の暮らし
――そこまでするモチベーションは?
最初の動機は人様の役に立つことでしたが、今はできないと悔しい、達成したいという思いが強く、自分のために挑戦しているように思います。正直に言えば、このプロジェクトに取り組んでいる間に、この義足が実用化に至るのは難しいかもしれません。でも、技術や研究を継いで、たどり着いた先でいつか実用化されると思うので、私たちは全力で取り組んでいくのみだと思っています。
――そうしたテクノロジーが日本で実用化がされる際に、何が必要だと思いますか?
ロンドンで、2012年のロンドンパラリンピックの統括責任者だったクリス・ホームズさんという上院議員にインタビューをさせていただいたとき、「上院議員として一番力を入れていることは?」と質問をしました。すると、「テクノロジーを使ったバリアフリーです。日本はテクノロジー立国なので、見習うべき点がたくさんあります」という回答がありました。私はそれを聞いて恥ずかしく思いました。
――というと?
例えば、昨年でしたか、車椅子の人がバスの運転手に「30秒後に出発なので次のバスに乗ってください」と乗車拒否されたニュースが流れたことがありました。これはどういうことなのかというと、例えば東京都が運営するバスなら、まずは歩道近くに幅寄せして駐車し、下車した運転手が大きなスロープを設置する。そして、他の乗客から譲っていただいた座席2席分を跳ね上げ、乗り込んできた車椅子ユーザーをベルトで固定し、再び外に出てスロープを片付けて……という作業が発生します。5分ぐらいかかり、車椅子の方も「すみません」と運転手や乗客に謝りながら乗車するわけです。
一方、欧州のバスは、運転席にあるボタンを押せばスロープが自動的に出てきて、車椅子でも簡単に乗車できます。席を跳ね上げなくても、車椅子1~2台分のスペースがあらかじめ用意されていて、乗客がスッと場所を空けてくれる。30秒もあれば十分に乗り込めるので、バスは車椅子の乗客を乗せて出発できます。
日本はテクノロジーが発達しているのに、それを実用化していない。こうしたところに税金を費やせばいいのにと、クリス・ホームズさんの話を聞いて改めて思いました。一方、物理的なバリアフリー以外の面でも、学ぶべき点が多くありました。(写真撮影/片山貴博)
――物理的なバリアフリー以外の面?
みなさんは1日外出をして、何人の車椅子の方とすれ違うでしょうか? 1人もすれ違わないこともあると思います。でもロンドンでは2,3ブロックも歩けば、1人は車椅子の方とすれ違うんです。つまり、ロンドンは車椅子の人が外に出やすい文化なんです。例えば、地下鉄の階段に車椅子の方がいれば、1分もしないうちに手伝ってくれる人が現れる。手伝ってもらえるのが当たり前な文化なので、車椅子の人も積極的に街に出ようと思えます。
日本はその逆で、やはり手伝ってもらうことに気が引けるんですね。申し訳ないと思ってしまう。すると、どうしても障がい者は外出することが億劫になってしまう。そうした文化や意識の違いは、障がい者と一緒に学ぶような教育環境があったか、学生時代に障がい者と一緒に過ごす経験があったかどうかにも関係していると思います。
――海外と比べて、日本のパブリックな場のバリアフリー化は進んでいるのでしょうか?
古い建物が残る欧州などと比べると、バリアフリーを意識した建物は増えていると思います。それでもやはり世間が注目するような最新の建物ですら、段差がたくさんあって、人の手を借りなければ車椅子の人が行動できないところがあります。デザイン性を重視したのかもしれませんが、そんな建物に遭遇するとがっかりします。障がい者のためだけでなく、超高齢化社会がますます進んでいく時代なのに。
公共の場も住宅も、建物を建てた後にバリアフリーのためのリフォームをすると当然ながらコストかかります。であれば設計するときに、自身が高齢になったときのこと、事故や病気で障がいを負った際の不便などを想定し、最初からバリアフリーな設計にしておくことが当たり前になるような文化になればいいのにとも思います。乙武さんは1年間、海外を巡り、障がい者の暮らしについて学びを深めてきた(写真撮影/片山貴博)
アイデア次第で障がい者は暮らしやすくなる
――そうした日本人の意識改革が根底にありながら、その上でテクノロジーで障がい者が暮らしやすくなるための課題は何だと思われますか?
映画やドラマの影響もあって、ロボットやテクノロジーは血が通っていないツールだと抵抗を感じる方も少なくないと思います。でも、分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」(※)などを見れば明らかで、むしろテクノロジーを使ったほうが人と人とのつながりを生み、血が通うことが多い。満員電車に乗らずに家で仕事ができるなど、諦めていたことを諦めずにすむ世の中を実現できます。
「OriHime」を開発した吉藤オリィさんとお話ししたときに、「OriHime」は特別に高度なテクノロジーを活用しているのではなく、ロボットにカメラとマイク、スピーカーを搭載しただけ、ラジコンの延長線上にあるものだから、むしろローテクなのだとおっしゃっていました。今ある技術を使ってアイデアを絞っているだけだと。それによって自宅で寝たきりの人が外の人とつながることができる。このケースを参考にすれば、アイデア次第でもっと希望が生まれて、さまざまな可能性が拓けていくように思います。
取材を終えて
「最近車椅子の人とすれ違いましたか?」と乙武さんに質問されてドキっとしました。全く思い出せないからです。そのあとロンドンの車椅子事情を聞き、日本では車椅子の方がどんな思いで街を移動されているのかを改めて想像しました。障がい者や高齢者が人の手を借りても「申し訳ない」と思わなくても普通の暮らしがかなう世の中、子どものころからバリアフリーを考慮することが当たり前になる世の中への重要さを感じました。
また、乙武さんがいつかすたすた義足で歩いたり、100m走を走ったりすれば、多くの方に希望を与え、可能性が広がります。テクノロジーと当人の努力でどこまで人間は進化するのか、見守っていきたいと思います。
※「OriHime(オリヒメ)」は生活や仕事の環境、入院や身体障害などによる「移動の制約」を克服し、「その場にいる」ようなコミュニケーションを実現する分身ロボット。寝たきりの人が遠隔操作で分身ロボットを使って接客ができるという仕事も生み出せる●取材協力
乙武洋匡さん
1976年東京都生まれ。98年早稲田大学在学中に執筆した『五体不満足』が600万部のベストセラーに。卒業後、スポーツライター、小学校教諭などを務める。現在は執筆講演活動のほか、インターネットテレビ「AbemaTV」の報道番組『 AbemaPrime』のMCとして活動。『四肢奮迅』(講談社)など著書多数。
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