卓越したプロデュース力と圧倒的な読者力による傑作アンソロジー
2010年代に日本で発表されたSF短篇の傑作を選りすぐったアンソロジー。こんかい取りあげる『1』は「ベテラン篇」で、小川一水、上田早夕里、田中啓文、仁木稔、北野勇作、神林長平、津原泰水、円城塔、飛浩隆、長谷敏司の作品を収録。
とくに現代においては、SFという既存ジャンルに限定されず、実質的にSFと見なせる(言いかたを変えれば「SFを好む読者の志向に適う」)作品はさまざまに書かれているが、このアンソロジーはジャンルに添った建てつけになっているわけだ。
といっても、収録作品のなかには「おお、SFはコレもアリなのね!」という変わり種も入っている。たとえば、怪獣ランドで発生した人気怪獣ガッドジラの殺害事件(頭部切断)の謎に、宇宙一の迷探偵ノーグレイが挑む、絶妙なユルさの怪獣SFミステリ、田中啓文「怪獣惑星キンゴジ」とか。あるいは、文字をめぐる偽史を綴りながら、その叙述そのもの書字的実験になっている文芸アクロバット、円城塔「文字渦」とか。超保守的なSF原理主義者(絶滅危惧種か?)が読んだら血圧が上がるかもしれない。
しかし、「文字渦」は第39回日本SF大賞を受賞した連作集の表題作だということからも明らかなように、こうした広い地平を現代SFはとうに獲得しているのだ。
飛浩隆「海の指」、長谷敏司「allo,toi,toi」も、日本SF大賞を受賞した短篇集の収録作(前者は第38回受賞の『自生の夢』、後者は第35回受賞の『My Humanity』)。飛作品は、情報によって構成された仮想空間という設定を予感させるものの、そうしたロジックは前面に出さず、あくまでシュルレアルな光景と日常感覚・身体性に基づいた語りで描ききる。長谷作品は、小児性愛者を主人公に据え、脳神経科学のガジェットを梃子にして、人間性の欺瞞と社会の歪みをあぶりだす。
しかし、日本SF大賞の作品集から採るってのは「傑作選」としてあたりまえすぎないか—-そんなマニアの突っ込みがありそうだが、そこらへんは、さすが手練れの大森望さん、ちゃんと「序」で予防線を張っている。
(略)ベスト・オブ・ザ・ベストを選ぶというコンセプトをなにとぞご理解のうえ、”なんだよ、読んでるのばっかりじゃないか”とブツブツ文句を言いながらお買い求めください。
他方、ふだんあんまり日本SFの短篇を読まない人や、最近になって日本SFを”発見”した読者には、現在の日本SFの水準を知るための格好のガイドブックになるはず。
こうしたバランスが、視野の広さや鑑識眼と併せ、希代のアンソロジスト大森望の強みになっている。さらに言えば、このひとの最大の才覚はそのプロデュース力であり、このアンソロジーに関しては、なにより伴名練さんに共同編集を持ちかけたことが凄い。場外ホームラン級だと思う。
その伴名さんだが、このひとのアンソロジストとしての長所は圧倒的な「読者力」だ。読書量の多さとか鑑識眼だけではない、読者であることの揺るぎなさとでもいうか、矜恃というとツッパッた感じがしてしまうが、もっとナチュラルに好きなことを好きと表現できる衒いのなさである。
収録作品の前に付された紹介文を編者ふたりで分担しているのだが、大森担当分の過不足のなさに対して、伴名担当分はよくまとまっていて要点を端的に押さえつつ、独自の観点がクイッと出ているところが好ましい。
たとえば、北野勇作「大卒ポンプ」の紹介文のなかに、こんな一節がある。
同作[『きつねのつき』]のヒット後、二〇一二年に代表作『かめくん』が河出文庫に入り、二〇一三年に『ヒトデの星』(河出書房新社)、短篇集『社員たち』(NOVAコレクション)を刊行。二〇一六年には、長年書きつづけてきた連作『カメリ』(河出文庫)が出版されるなど、ブームの様相を呈した。
独自の境地をたゆまず進む北野さんの活躍はファンならば周知のとおりだが、それを「ブームの様相」と表現する心意気! そして、そのブームのなかから、このアンソロジーに選ばれた「大卒ポンプ」は、ほんのり懐かしいような、それでいて怪しさ全開の北野的日常を舞台に、労働者のエピソードが語られる。ぐずぐすと水没しつつあるディストピア世界だが、その原因や経緯は問題ではなく、わけもわからず会社の先輩から押しつけられる仕事の不条理が独特のテンポで語られる。その語り口がみごとだ。
伴名紹介文をもうひとつ。仁木稔「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」に付されたもの。
最後まで収録を主張したが長さゆえ断念した、連作第二話「はじまりと終わりの世界樹」(第24回SFマガジン読者賞受賞作)は、「妖精」の根幹に関わる秘密を明かす高密度の物語であり、こちらもお薦め。著者のブログではシリーズ全体の設定集が公開されているのでファンの方は必読。
作品チョイスの手の内を明かしながら、より愛着の深い作品を猛プッシュする姿勢が好ましい。
文中にある「妖精」とは、「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」にはじまる連作の中核アイデアの人工生命体である。遺伝子操作によって人間に奉仕する亜種族が創造され、単純な支配/従属には収まらない、依存・毀損の暴力とそれをめぐる社会や価値観のカスケード的変容が進行する。この連作は伊藤計劃『ハーモニー』と並んで、大胆なSFシチュエーションによって、ヒューマニズムの根源的な問い直し(思想的地平と種族的地平の両面に渡る)をおこなった傑作である。
さて、本書収録作家中もっともキャリアの長い神林長平さんは、もっとも最近の作品で登場となった。「鮮やかな賭け」はデビュー40周年記念作品として〈SFマガジン〉2019年10月号に発表された。生まれながらに許婚とされた女(こちらが語り手)と男(見掛けは良いがロクデナシ)が奇妙な賭けをして……という話かと思いきや、女が賭けの見通しについて呪術師オバアに相談を持ちかけたのをきっかけに、存在論的な論議へとギアチェンジしていく。哲学的匂いのする異色作。
異色作という点でこのアンソロジー随一なのが、津原泰水「テルミン嬢」。この作品の読み心地を表現するのは難しいが、無理を承知で言うなら、海野十三のアイデアと江戸川乱歩の奇想をブレンドし現代SFの感覚でスマートに仕上げたサイエンティフィック・ロマンス。脳内にチップを埋設し極小音量での体内共鳴をおこなう神経症治療が開発される。しかし、この治療には思わぬ陥穽があった。機序は不明だが、人体はそれぞれ固有の周波数の波動を発しているらしく、特定の人物の接近により、患者のチップが過大な影響を受けるのだ。患者は不随に金切り声を発してしまう。この奇怪な現象にいくぶん古風な恋愛、そして奇妙な三角関係を絡めつつ、哀切なミステリが繰り広げられる。
残る二篇は、小川一水「アリスマ王の愛した魔物」と、上田早夕里「滑車の地」。
前者はこれを表題とする短篇集、後者は収録短篇集『夢みる葦笛』を取りあげたときにそれぞれ詳しく紹介しているので、そちらを参照してください。
http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2018/01/12/173115.html
http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2016/10/04/100734.html
(ついでに宣伝すると、『夢みる葦笛』文庫版の解説も牧が担当し、上田作品の特質にぐっとフォーカスしています)
次週は、『2010年代SF傑作選 2』を取りあげます。こちらは「新鋭篇」。
(牧眞司)
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