『千日の瑠璃』52日目——私は橋だ。(丸山健二小説連載)

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私は橋だ。

まほろ町を出入りするにはどうしても通らなくてはならない、鉄筋コンクリートの、当

たり障りのない形の橋だ。正式な名があるにもかかわらず、住民は皆私のことをかえらず橋と呼ぶ。私が完成した当時、人々は大いなる幻想を抱いたものだった。渡り初めの日、病中を押して出席した町長は、私を通って押し寄せる計り知れない利益についてぶちあげ、軍隊時代のことしか思い出せない名物老人は、「これならどんなにでっかい戦車でも通れるぞ」と百回も言った。

あれからもう十二年という歳月が流れている。だがまほろ町は、旧態依然たるまほろ町でしかない。私の上を運ばれてくる利益や文化は、私の下をくぐり抜けるあやまち川の水と同様、ただ通り過ぎて行くばかりだ。

午後になって、艶聞の絶えない町長が、取り巻きを引き連れて私を訪ねた。そして彼は、こう言った。町の活性化には何よりもまずもっと立派な橋に架け替えなくてはならない、と。すると収入役は「そんな金がどこにあるんだよ」と呟き、助役は「前の町長とそっくり同じ発想だ」と小声で言った。いつまでも梲の上がらない職員がくすくすと忍び笑いをし、吹き上げてくる強い風に鬘を飛ばされないよう注意しながら、岩だらけの川底をおずおずと覗きこんだ。「死ぬにはこれで充分だな」という彼の独り言が私を震えあがらせた。だれ気味のかれらの足音が遠のいて行った。
(11・21・月)

丸山健二×ガジェット通信

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