Can’t live without Books : Isseido(Jinbocho)/書店特集:一誠堂・酒井健彦(東京・神保町)インタビュー

デジタル化によって多くの産業が変化を遂げる中、既存のシステムを覆し、自由で革新的なやり方で人々のニーズに応え、支持を得るインディペンデント系の企業/ショップが多く生まれている。本特集ではその中でも、時代を見つつも飲み込まれない確かな審美眼を持ち、スピードやしなやかさでもって、“消える”と揶揄された書物を多くの人々に普及し続けている書店に注目。第1弾には、日本を含めたアジアのアートブックや学術書、映画や演劇に関する書籍などを扱う神保町の老舗古書店、一誠堂書店の代表である酒井健彦にご登場願った。世界一の古書街とも評される神保町にて、明治時代から三代にわたって書店を運営し、書店同士が協力し合う今の暖かな町の雰囲気を形作った守り人のような存在の酒井。国際古書籍商連盟の日本支部の会長として、海外との連携にも力を注ぐ彼に、書店の歴史、現在の状況、時代に応じて取り組んだ改革や文豪たちとの思い出についてまでをうかがった。

――明治時代から続く一誠堂書店ですが、そもそもの成り立ちを教えていただけますか。

酒井健彦 「私の祖父が明治36年に新潟で創業したのがいちばんの始まりです。新潟の長岡出身だったのですが、東京に出てきて同じく新潟出身の東京堂書店に丁稚奉公としてお世話になっていました。しばらくそこで働いて、一旦長岡に戻って兄弟で書店を始めました。その後、しばらくしてまた東京に出てきて神田で一誠堂という名前を名乗り、今の形になったわけです。もうじき、創業120年になります。祖父、父、私で3代目です」

――酒井さんにとってお店を継ぐことはご自分の意志であり、自然の成り行きだったんでしょうか。

酒井健彦「いや、そうでもなくて大学を卒業して就職活動をするにあたって、岩波か小学館などの出版社に就職してみるかと非常に安易に考えていました。だけど成績がさっぱりよくなくてね(笑)。大学の就職課に相談しに行くと、職員の人が私の成績表を見て『ふーん。君は一誠堂なのかい。じゃあ、そこに就職すればいいじゃないか』と言うわけです。それで、覚悟を決めて継ぐことになりました」

――では、もともと本はお好きだったのですね。

酒井健彦 「そうですね。学生時代、本は色々読んでいた方だと思います。読む本には苦労しませんでしたしね(笑)。特に、中学、高校、大学時代にはたくさん本を読んでいました。少年少女日本文学全集を読みあさったり、昆虫採集が好きだったので、『ファーブル昆虫記』も読みました。『モンテ・クリスト伯』や『赤と黒』、『三国志』のような外国の作品、他にも吉川英治の『宮本武蔵』『平家物語』も好きでしたね」

――そういったご自身の読書体験も踏まえて、お父様、お祖父様の頃に比べて、書店の選書において変わった点はありますか。

酒井健彦 「そうですね。祖父の代は、理工系のものも一部扱っていたようですが、父の代になって文化系になったようです。私の代では、これからの時代はヴィジュアル的な、目で訴えるものが重要になってくると感じて、そのようなものをやるように意識しました。そしたら社員が映画の本なんか始めちゃって。単純なんだなあ(笑)。僕は、もっと美術、特に視覚芸術的なものをイメージしていたから、思い描いていた変化とはちょっと違ったんですけどね(笑)」

――とは言いながらもその社員さんの意見を受け入れたのはなぜですか?

酒井健彦 「単純に考えて、映画というものがヴィジュアルの最たるものだからです。それでとりあえずやってみることにしました」

――イメージとは違っていても考えてみて妥当だと思ったら受け入れるというのは非常に柔軟な姿勢だと思います。実際に映画、演劇のジャンルに対してのお客さまからの反応はいかがですか?

酒井健彦 「国文学などの本と比べると、映画や演劇のジャンルは売れるみたいですね。国史や国文学などの研究書は15年ほど前にインターネットで公開されるようになって、そこで見れてしまうんです。だけど、映画の本はインターネットで見るよりも本物を見て実際に所有したいと思う人が多いのでしょう」

――そのような時代の変化に伴うフィードバックを受け、他にも選書などに変化はありましたか?

酒井健彦 「選書を変えるのはなかなか難しいので基本的な品揃えは変わっていませんが、江戸時代以前の本は分野にもよりますが需要があるので多く取り扱っています。例えば、江戸の戯作者の本、『山東京伝』や北斎が描いた絵本などは人気でよく売れます。あとは値段を安くしました。古書の入札会があって、毎日のようにかなりの量の本が売りに出されるのですが、やはりかつての勢いはなくなっていますね。あとは、売りたい人だけが多い。昔沢山買ってくれた良いお客さんが高齢になって、売りに出されるというケースがここ数年、かなり増えています。需要と供給のバランスが崩れてしまい、供給過多になってしまっているんですよね。だからなおさら値段が安くなってしまうんです。あと、最近の若い人は本を読まないので、我々は困っていますね」

ーー最近、神保町を訪れる海外の方の割合が増えたように感じます。来日したら必ず神保町を訪れるという海外アーティストも多く、日本のモダンな面だけでなく、歴史を感じられるものやオリジナルのものを見たいという声は大きいようですが、酒井さんもそのような海外からのニーズを感じられていますか。

酒井健彦 「確かに海外からのお客様は増えてきました。この間は南アフリカから、日本の昔の北斎の絵本や絵巻を探してお客さんがいらっしゃったり。ヨーロッパやアメリカからのお客さんは以前から来ていたけど、南アフリカからは珍しかった。もっといろんな国の方がいらっしゃるようになるのかもしれません。あと、この間はスウェーデンの国王がいらっしゃいました。いよいよ、僕にも平和賞か文学賞でももらえるのかなと思いましたよ(笑)。スウェーデンと日本の両国に関する本をご覧になり、又、綺麗な色付きの江戸の地図を見てスマホで写真を撮っていらしてました。でも買ってくれなかったんですけどねぇ(笑)」

――(笑)。それは海外でも一誠堂書店の名前が知られているということでもあると思うのですが、早くから海外に広く認知されるための取り組みをされてきたんでしょうか。

酒井健彦 「わりと戦前から本の輸出を行っていましたし、ハーバード大学や大英図書館などとの取引や、海外の著名な日本研究者の方がうちに来て、本を買って輸出するといったことも大きいと思います。そのようなことがきっかけでうちの名前が広がって行ったのでしょう。特に戦後すぐは、日本に駐留しているアメリカの兵隊や進駐軍の中の学がある人たちがたくさん本を買ってくれました。当時は、何しろ値段が安かったので買いやすかったのでしょうね。彼らは日本語の書籍、特に北斎の絵本のようなヴィジュアルの本をよく買われて行きました。だから今のアメリカの大学には、その影響でそうした本がたくさん所蔵されてるのだと思います」

――なるほど。一誠堂書店で勤めたのちに独立して古書店を営まれている方も多いようですが、その「のれんわけ」のスタイルは神保町の古書店のネットワークの広がりに一役買っているように思います。

酒井健彦 「祖父が『しばらくうちで働いた後は、神保町で店を開いていいぞ』と言っていたようです。昔は、出身者の会というものがあって、独立して古書店を営む10人〜20人ほどで集まったりしていたのですが、その出身者本人が亡くなってしまい結びつきが少し希薄になってきましたね。でも、うちの出身者でなにか困ったことがあれば、みんなで助け合おうという風潮は今でももちろんあります」

――まとめ役というだけでなく、新しいチャレンジとして、古書店のイベントも先頭を切ってやられているそうですね。

酒井健彦 「先頭かどうかはわからないけど、国際古書籍商連盟といって世界の同業者が集まった連盟があるのですが、その中の日本支部の会長を私がやっているので、いろんなことが舞い込んできます。今は待っているだけでは本は売れませんから。今度、日本支部が外国からも業者を募って日本で古書の即売会をやろうと企画しています。今年の3月に有楽町の交通会館で行う予定です。やはり国内だけに留まらずに海外にも目を向けていくことは不可欠ですね」

――由緒ある書店の長が、凝り固まることなくチャレンジの姿勢を持ち続けていらっしゃることに感銘を受けました。最後に、こちらは多くの文豪に愛された書店ですが、なにかエピソードがあれば教えてください。

酒井健彦 「松本清張先生は本当によくいらっしゃいましたね。一階にある時計の下で椅子に座って煙草を吸いながらずっと本を読んでいらっしゃって。歴史的な調べ物をするとき、書斎にある本を探す時間がないものだから、うちに「こんな内容の本があったらすぐ持ってきてほしい」と電話がきたり。番頭さんといっしょに近所のパチンコ屋さんに行ったりも(笑)。三笠宮(崇仁)親王もよくいらしていましたね。すごくフランクな方で、お付きの方もいない状態で洋書の棚を見ていらっしゃるんですよ。何点かご注文を頂きしばらくすると、すたすた歩いて電車で帰られる。ユーモアがあって一緒にいて楽しい方でした」

一誠堂書店
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-7
営業時間:10:00~18:00/ 祝祭日10:30~18:00/ 定休日:毎日曜日
TEL:03-3292-0071
HP:http://www.isseido-books.co.jp/index.html
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敷居が高いように見えるが、一度入ってみれば社員の方々はとってもあたたかくて居心地の良い一誠堂書店。映画や演劇、アジアのアートに興味があるのなら、ぜひ訪れて欲しい。店主の酒井健彦さんもとても魅力的な方だった。

photography Yukiko Shiba
text&edit Yukiko Shiba / Ryoko Kuwahara

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