糸井重里のシゴト観。「やりがいを語る前に、今やっていることを肯定するこころを大事にしたい」
23歳でコピーライターになり、数々の名キャッチコピーで脚光を浴びた一方、本の構成や作詞家、雑誌の連載やテレビの司会者も務め、ゲームの制作も手がけるなど活躍。50歳のとき「ほぼ日刊イトイ新聞」(ほぼ日)をスタートさせ、今年で22年。2017年には株式も上場している。糸井重里さんは今、「はたらく」ことに何を思うのか。ほぼ日が初めて本格的なインターン募集、新卒採用をするというニュースが流れてきたが、それも合わせて「はたらく論」を聞く。
働かないとつまんないよ、と伝えたかった
ほぼ日は2013年、「はたらきたい展。」という展覧会を開催した。これからの時代の新しい「はたらきかた」を一緒に想像してみよう、という企画は大きな話題となり、東京・渋谷から大阪、博多でも開かれた。この「はたらきたい展。」を、今年2020年の夏に、7年ぶりに開催するという。なぜ今、再び、なのか。
「どうして今年に、というより、前回がちょっと早すぎたんですよ(笑)。はたらきたい、という欲望、希望をタイトルにしたのがもの珍しかったんだと思うんですが、実は本当のところでは、まだ興味は薄かったんじゃないかと感じていたんです。
ところが、あのときにやった気持ちみたいなものが、今の世の中では普通になってきた。まさしくそうなったので、本当に求められているところで、もう一度、問いかけてみたいな、と」
この7年の間にいったい何が起きたのか。
「生き方とはたらくということが、マッチしてきたんじゃないでしょうか。みんなの気持ちの中で、はたらくというのは、メシの種を稼ぐとか、安定を求めるとか、そういうところで捉えられていた時期がけっこう長かったわけですよね。我慢料としてお金をもらう、みたいな。僕はそれがなんだか嫌だったので、むしろ、働かないとつまんないよ、ということが、何か伝えられたら面白いなとずっと思っていたんです」
糸井さんといえば、若い頃からいろんな仕事を面白がってやっていた印象が強い。著名なコピーライターでありながら、さまざまな仕事を手がけていた。
「でも今は、まさしくみんながそういうことを言いだして、やりがいとか、生きがいとか、そんな大げさなものじゃなくて、人生の中で「はたらく」ってすごい大きなものだって気づき始めている。自分を活かしたり、人に喜んでもらえる要素だよね、というのをみんなが理解し合えるようになったと思うんです」
そしてちょうどここ最近、急速に進んできたのが、働き方改革だった。労働時間を考え直そう、という社会的な空気の中で、むしろはたらくことの本質が見つめ直された、というのは極めて興味深い。
「そもそも休みを取るのも、働くのも、同じ「はたらく」の中に入っているんですよ。英語にレクリエーションという言葉があって、日本では気軽に使われてしまっているけど、もともとはリ・クリエーション、もう一度クリエイトするために休むという意味。ここって、ちゃんとした研究や専門家が必要な領域だと僕は思っているんですが、要するに、単にくたびれたから休む、やる気が出ないから遊ぶ、ということじゃないと思うわけです。そんな解釈になっちゃうのは、ちょっともったいない」
1998年に「ほぼ日刊イトイ新聞」をスタートさせ、コラムを更新し続ける中でも、休むことの意味について触れてきた。
「消費のクリエイティブ、という言い方をよくしていたし、休みのクリエイティブがまだ足りない、なんてことを書いていた覚えがありますね」
そもそも、生きていることに「GO」と「STOP」があるわけではない、と糸井さんは言う。
「自分と仕事がフィットしているときには、どうしてはたらいているのか、なんて考えないですよね。はたらくことを目的にしているというよりは、自然に要請されている感じ、自分が必要とされ、肯定されている感じがする。そうすると、休みももっともっとポジティブになるわけです。はたらく、も、休む、も、つながっている。実はこういうことって、はたらく場面にはすでにたくさんあったことだと思うんです」
働き方改革というと、ルールの整備や時間の単位が強調されがちな印象だが、実はこうした休みの哲学もそこには潜んでいたはずだと語る。
「今日も、きみの仕事が、世界を1ミリうれしくしたか?」
はたらくことが生き方にマッチしてきたからこそ、「やりたいこと」を見つけて仕事にしたいと考える人が増えているのかもしれない。だが、糸井さんはこんなふうに言う。
「そんなの、わかりませんよ(笑)。そんなに簡単に見つかるものではない。それこそ、イヤイヤやっていたら、たまたま偶然ものすごく喜んでくれる人に出会って、それがやりたい仕事になっちゃう人だっている。そっちのほうが普通だよ」
やりたいことを見つけようとする前に、そこにある仕事に気をつけてみることだ、と語る。
「歴史上、日本の労働人口で最も多かったのは、農耕だったわけですよね。ドラマや映画の中だと、つらそうにはたらいてますよね。昔のお百姓さんが、こんなに楽しいことはない、というセリフを言っているのは聞いたことがない。ドラマの脚本家も見つけられないくらい、なかったんだと思うんです」
ところが、ちゃんと直に話を聞いてみると、意外なことに気づけたという。
「実際、お百姓さんに会ったりすると、農業のノウハウを自慢そうに教えてくれるときとかがあるわけですね。例えば、長芋は地下に垂直に育っていくんだけど、横に伸ばすやり方があるんだ、と。屋根の波板を土の中に埋め込むと横にどんどん伸びていく。これ入れただけで、百姓は儲かってしょうがねぇんだよ、なんてうれしそうに言われるわけです。まさに『ほくそ笑む』感じ。それを聞いて感動して」
糸井さんは思ったという。どんな仕事であっても、こんなふうに言える仕事人こそいいな、と。
「他の仕事もみんなそうだと思うんです。ちょこちょこっと考えたらコピーが浮かんじゃった、とコピーライターが言うとか(笑)。みんなが自分の仕事について、ほくそ笑む(笑)。みんながそういう仕事をしているのが理想ですよね。だから、その仕事にやりがいがどうの、なんていう前に、今やっていることを、これでどうだ!、と肯定するような心が生まれたら十分だと思うわけです」
やりたい仕事をしたいのは、そういう仕事をやることで、いい結果が生み出せると考えているからかもしれない。だが、糸井さんはこうも語る。
「結果を自分の前にぶらさげて、そこを目指すと苦しいんですよ。そうではなくて、ちょっといい方に向かっている、ということが意識できたらいいと思うんです」
ほぼ日のオフィスの入り口には手書きのキャッチフレーズが書かれた白いボードが飾られていた。そこには、こう書かれていた。「今日も、きみの仕事が、世界を1ミリうれしくしたか?」。
「1ミリうれしくしたかどうかでいいんです。ところが、ものすごく努力しているのに、1ミリもうれしくしないこともあるんです。自分だけが満足してることもあるし、その努力は邪魔じゃないか、ということもある」
いい結果を出そうという前に、その方向をこそ確かめたほうがいい、ということだ。
「あなたのやっていることが、世界の幸せの総量をちょっと増やしたかな、という問いかけ。これは、とてもいいなぁと思うわけです。目標とかめざすところを、このくらいの、“やればできるところ”に持っていったほうが、苦しまないでいいんじゃないでしょうかね」
はたらくとは、他者と生きながら自分の環境を耕し広げていくこと
そもそも「はたらく」とは何なのか。糸井さんは、こんなふうに表現する。
「他者と生きる、ということだと思います。他者と生きる環境そのものが自分なんです。会社に勤めている人は、自分の会社の仲間を含めて自分なんです。相手側からも、自分はその仲間に入れられているわけですね。お互いに関係を共有しているんです」
そこで豊かな関係を作るのに、はたらくというのは、とてもありがたいコミュニケーション手段になるのだという。
「だから、自分の環境を耕すことこそ、はたらく、ということだと思うんです。自分というものの尺度の取り方が、環境を含んでいるんだということに気づけたら、はたらくということが当たり前だと気づける」
仕事を辞めてしまった人、あるいは定年退職してしまった人が寂しいのは、はたらくことが単に「仕事をすること」だけではないからである。
「怒ってくれる上司もいなければ、それダメじゃないかと注意してくれる先輩もいないところで、ただ好きなことをしていてちょうだい、と言われていることって、実は自分を含めた環境を小さくすること。これは悲しいですよ」
はたらくことによってこそ、人は環境を広げていけるのだ。
「仕事がなければ、あいつとも会わなかったな、とか、あるじゃないですか。仕事仲間もそうだし、取引先もそうだし、お客さんもそう。考えていくと、はたらくことで、自分の環境が耕せているんです。冒険できる場所がもらえるというのは、とても楽しいことなんです」
そのことに気づけると、会社にいることや仕事をすることの価値が、別の角度から見えてくる。
ポジティブな哲学を持っていれば、辛いところで救われる
では、糸井さんの若い頃は、どんな仕事観を持っていたのか。
「若い頃は、できることなら自分に任せてくれ、という気持ちがやっぱりありましたよね。(クライアントから)やってごらん、といわれるのを、ちょっと楽しみにしているというか。
でも、やってみると、やっぱり辛いですよね(笑)。歩けば足が棒になる、みたいな。そういう辛さはあったけど、踏み込んでいった。それは、自分の環境が広がっていくことが楽しかったから。もっというと、自分が呼んだ人が活躍したりすると、それが喜びになっていった。ただ、喜ぶ前から次の仕事が始まり、喜びに浸っている時間はあまりなかったけれど、とにかく、そういう循環で生きている時代が長かったですね。
でも、どこかから、キミのルールはこうだというものをだんだんと押しつけられるようになっていって。野球でいえば、ここはぜひホームランを、とか、ここはバントで送ってくれ、とか。一方、僕は違うことがやりたかったりする、みたいな時代があって」
自分が納得できないルールに合わせていくのは嫌だな、と思い始めた頃、ほぼ日刊イトイ新聞を始める。ほぼ日の起業後は、仕事観がまた変わったという。
「今度は他人が活躍してくれることが、自分の環境を耕してくれたり、切り拓いてくれることになるわけです。だから、他の人が働きやすいように仕向けるとか、ヒントを出すとか。それからチームプレーの面白さが自分の環境の中に入ってきて」
そして組織が拡大していくと、変化はさらに進んでいった。
「今は僕の目が届かないところも動いているわけです。それが感じられるようになった。そこが、おだやかで活気に満ちた場所でありますように、という願いを実現するのが僕の仕事にだんだんなっていくといいな、と思っています」
50年近い仕事人生の中では、もちろん苦しい時期もあった。とりわけそれは、自分の中のステージが変わっていくときだ。
「それは痛みがあります。だから、もがくしかない。そりゃ、もがきますよ。死にたくなるくらい苦しかったこともある。ただ、僕は希望のある人間観が好きなんです。人って案外悪いモンじゃないよ、とか、社会っていいモンだな、とか、人生は楽しいはずだ、という哲学を持っていると、辛いところで救われるんです。そうでないと、ホントに、乗り切れない。ポジティブな人間観って、大事だと思う。
これからは、新入社員のほうが先輩になるかもしれない
創業から22年。ほぼ日が初めてインターンの募集と新卒採用を決めた。
「というか、今までできなかっただけなんですよ(笑)。やっぱりみんな新しい人と出会いたいんです。やって欲しい仕事もあり過ぎるくらいある。ただ、教育期間が必要だよな、なんてことを考えると、(新卒を採用する)余裕がなかった」
やはりまっさらなゼロの存在を採用するのが魅力なのか、と問うとこんな返答が来た。
「彼らはゼロなんかじゃないんです。何もなくはない。ヘンなものがないだけなんです。みんな、何かは持っている」
「まだ色や匂いがついていないだけ。これからは、むしろ新入社員や若手社員のほうが先輩になるかもしれないわけです。例えば、うちにはまだデジタルネイティブな人は少ないですが、デジタルネイティブじゃない人より、これからは先になることもあるわけですよ。先の人たちが後になったり、後の人たちが先になったりする」
これがまた面白さを生んでいくはずだという。
「発想に色がついていないというのは、大事なことなんです。例えば、昔の人がコンテンツというと本を出すのが夢だという人が多かった。著者になりたい、と。それが存在証明になったわけですね」
ただ、これが本当に最終的な方法なのか、と問いただす感覚が持てるかどうか。
「実際、ユーチューバーの有名な人たちは、おそらく出版社が次々に声をかけているはずですが、どんどん本を出すかというとそうじゃないでしょう?中国の素朴な暮らしをYouTubeで見せている女性は自分でチームを雇って映像を作っているそうですが、これと本とどっちが格上なのか。そんなことを論じること自体が、実はむなしい時代になってきているんです」
だが、本を作ってきた人には、新しい領域の経験はない。
「(そういう人は)「新人の後輩」になることもあるのだと思いますよ。もうそういう時代なんです。ほぼ日はホームページから始まって、次のステージに行かないといけない。もうホームページは終わりだよね、と半分思いながら、何ができるのかを考えないといけない。ただ、大相撲の炎鵬が新しい相撲人気に火を付けたみたいなことが、ほぼ日にもできると思っているんです」。コンテンツを作り、仕入れている会社としての可能性はまだまだ潜んでいるはずなのだ。
「その意味で、新入社員に限らず、若い人には大きなポテンシャルがあると思っているし、大いに期待しています」
ただし、だからこそ言っておきたいことがあるという。
「今は自己肯定感という言葉がすごく流行っているそうですが、僕はずっと自己無力感ばかり感じてきた人間なんです。だから、悩むわけですね。でも、これは大きな肥やしなんです。その意味ではデジタルネイティブで自己肯定感の高い若い人と、自己肯定感ゼロの僕がこれから“競争”することになる。なのに、もしここで僕が勝ったら、それはみっともないですよ(笑)。僕に負けちゃダメじゃない?、と少し煽ってみたいですね(笑)」
プロフィール
糸井重里(いとい しげさと)
「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰。コピーライターとして一世を風靡し、作詞や文筆、ゲーム制作など多岐に渡る分野で活躍。1998年にウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を立ち上げる。サイトでは、さまざまな方へのインタビューやコラムなどあらゆるコンテンツがすべて無料で楽しめるほか、「ほぼ日手帳」「カレーの恩返し」といった生活関連商品の開発販売、犬や猫とひとが親しくなるSNSアプリ「ドコノコ」、買い物を中心としたイベント「生活のたのしみ展」の開催、古典をテーマとする「ほぼ日の学校」開校などさまざまに展開。2019年11月開業した新生渋谷PARCOに2つのスペースを出店する。
株式会社ほぼ日では、「はたらくこと」について若い人たちと一緒に考えるトークライブを開催予定。
糸井重里が3人のスペシャリストを迎えて語り合います。申込期限は2月4日(火)。詳細はこちら。
トークライブ『仕事って、なんだろう?』
https://www.1101.com/intern/kobune_2020/events/index.html 取材・文/上阪 徹
撮影/八木 虎造
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