「基本、楽するのが嫌い。劣勢から盛り返すほうがおもろいし、やりがいある」――介護士ボクサー・大沢宏晋の仕事論(3)

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「基本、楽するのが嫌い。劣勢から盛り返すほうがおもろいし、やりがいある」――介護士ボクサー・大沢宏晋の仕事論(3)

デビュー戦以来、ファイトマネーを寄付し、介護とボクシングの二足のわらじを履く大沢宏晋さんにその理由や仕事観を聞く連載インタビュー企画。

最終回の今回は、仕事に対する姿勢、仕事観、今後の目標などについて語っていただく。

大沢宏晋さん

プロフィール

大沢 宏晋(おおさわ・ひろしげ)

1985年、大阪府生まれ。ALL BOXING GYM所属のプロボクサー。現在、45戦36勝5敗4分 21KO。WBAフェザー級1位(2019年12月現在)。18歳の時にボクシングを始め、19歳でプロデビュー。2007年から介護職とボクサーの二足のわらじで活動。デビュー戦以来、ファイトマネーのほとんどを福祉系の団体等に寄付している。2011年、第42代OPBFフェザー級チャンピオンに。その後ランキングを上げ、2016年に初の世界タイトルマッチに挑むもオスカル・バルデスに7R TKO負け。現在、再び世界チャンピオンを目指して練習中。

大沢宏晋オフィシャルサイト

己の人生のすべてを懸ける

──大沢さんにとって仕事とはどういうものですか?

言葉にするのは難しいですね……自分が社会で生きていく上で必要不可欠なものですかね。努力して、汗水たらして真面目に働くのが一番楽しいと思います。基本的に楽するの嫌いなんです。常に劣勢、逆境の立場から盛り返していく方がおもろいし、やりがいもある。

介護の仕事は大好きですが、もし何らかの事情でできなくなっても、食うための仕事ならほかにいくらでもあります。でもボクシングはそうはいきません。プロボクサーとして活動できる期間は人生の中でほんの一瞬しかない。そのめちゃくちゃ貴重な一瞬一瞬は二度と返ってきません。あの時、ああしたかったと思っても遅いので、今できることをすべてやりたい。己の人生のすべてを懸ける覚悟でやってるんです。

今日のこの取材だって、受けてよかったなと思えるような一日にしたいなと思って臨んでいるわけです。

僕、毎日寝る前にその日一日を振り返るようにしてるんですよ。今日はこんな出来事があったな、ちゃんと練習できたな、仕事できたな、今日も悔いなく終われたな、よかったよかった、ほっとした。それで安心して眠れるんです。

──それを積み重ねていけば人生そのものも後悔のないものになりそうですね。

その通りです。人間てみんないつかは絶対に死ぬじゃないですか。自分が最後、永遠の眠りにつく直前に、こんな人生でよかったなと思いたい。だからこそ何でもないたかが一日やけど、されど重要な一日やから、絶対に無駄にしたくない。だから全力で動いてエネルギーを使うんですわ。何かちょっと些細なことでもすぐ熱くなっちゃうんですよ。

どこまで本気でやれるかが大事

──先程試合の一週間前までフルに働くっておっしゃっていましたが、よくできますね。ボクシングの練習もめちゃくちゃハードじゃないですか。しんどくないですか?

確かによく「しんどくないの?」って聞かれるんですが、「しんどいって思うからしんどいねん。楽しいと思うから楽しいねん。要はものの捉え方ひとつやろ」って答えてます。何事も本気になってどれだけ楽しむかじゃないですか? そうなったらしんどいと思えへんし。ちょっとでもしんどいと思うからしんどいんですよ。要は気持ちのもちようちゃうかなと。しんどいしんどい言いながら嫌々やるんならやめろやと思いますね。

やっぱり大事なんはどこまで本気でやるかやと思うんですよ。中途半端は自分だけやなしに周りの人たちも悲しませることになる。だから絶対半端はしない。0か100かのどっちか。本気でやるかやらんか。そこまで本気でやったら周りも本気になって応援してくれると思うんです。

はっきりいうて生きてると8、9割はしんどいことで、楽しいことやうれしいことは残りの1、2割しかない。でもそれがあるからこそみんな生きてるんちゃいますかね。

だからしんどいのなんて当然。どれだけエネルギー、馬力を出して死ぬまで生きるかですよ。ちょっとのことでも本気になって熱くなって必死になれるやつが一番強いと思います。

中学時代の同級生の死で生き方が変わった

──そういうふうに思うようになったきっかけってあるんですか?

しいて言えば、17歳の時に中学の時の同級生が病気で亡くなったことですかね。その時、「人生って何があるかわからへんよな。自分もいつどこで死ぬかわからへん。それやったら毎日必死で、全力で生きたろ」と思ったんです。

──後悔しない人生、キャリアにするためにはどうすればいいと思いますか?

自分がこれがやりたいと思って選んで純粋に楽しんでる仕事やったら、結果はどうあれ後悔の念は出てこないはずなんですよ。例えば僕もボクシングも介護の仕事も、自分で選んでて楽しんでやってるから後悔なんか何一つないです。

楽しんでやってることに対してしんどいとかつらいとかやんなきゃよかったという感情なんか絶対出てこないじゃないですか。だから仕事も楽しまな。楽しめる仕事を見つけるためにはなにかのきっかけが必要やろうから、とりあえず外に出ていっぱいいろんなところへ行って、いろんな人と出会って、いろんなものを見るのがいいんじゃなですかね。

今の若い子たちには覚悟と決意をもっていろんな新しい世界へ飛び込んでほしいなと思いますね。己の心構え一つでどないでも人生変わる。それにビビっていつまでも同じとこにおったら一生後悔するぞと。それだけですね。

大沢宏晋さん

転職に踏み切れないのは覚悟と決意が足りないだけ

よく友人から転職しようか悩んでるという相談を受けるんですが、いつもこう答えています。「それ、転職に対して覚悟と決意がないだけのことちゃうか」と。家族の問題などでなかなか踏み切れないと言いますが、本当に本気やったら嫁と子どもを説得できると思うんですよ。自分が本気になって一歩踏み出したら意外とイケるもんやでって。

リスクを考えたらなかなかその一歩が踏み出されへんという気持ちもわからなくはないですが、考えたところで何も始まらへん。結局、動き出さな人生や生活も何も変わらないじゃないですか。

やらんで一生後悔するより、やって後悔した方が絶対ええ。「でも失敗したらどうしよう」と言うんですが、「いや、もし失敗しても、いい勉強になるはずや。ただ臆病になって転職でけへんのやったら一生なんもやらんほうがいい」って言ってます。一歩踏み出したことによって、いい方向に変わっても悪い方向に変わっても、その経験は自分のこれからの人生にとって糧となるはずですからね。

「新しい職場で一から積み上げるのがめんどくさい」と言う友人には「転職して新しい職場に行ったら自分が一番下になるのは当たり前やから、そこから自分が頭角をいかに現していくかは自分の頑張り次第やろ。心意気ひとつや。それ、めっちゃやりがいあるやん」って言ってます。

僕自身、常にそう考えてますね。新しい場所へ行ったらどうやったら俺がトップに立てて、周りからすげえと言われるか。それを考えて、よっしゃ、やったろって。

一般社会をリングとして自分自身を鍛えたい

大沢宏晋さん

──プロボクサーを引退した後にやりたいことなど、何か考えていることはありますか?

まずは社会に出てもっと自分を磨きたいと思っています。僕もリングを降りたら大沢宏晋というただの一般人です。その時に人間性って絶対出てくると思うので、それをもっと鍛えたいんです。

──では介護施設の経営者としての仕事に専念するということですか?

また新しいことをするかもしれません。同じことをずっとやってても人生がマンネリ化するからおもんないじゃないですか。そういう生き方、めっちゃ嫌いなんですよ。確かに楽かもしれんけど、そんなしてるんやったら一生人生楽しまれんぞと。だからボクシングの世界を離れても、いろんな新しいことに挑戦し続けたいと思っています。

取材後記

あるサイトで「デビュー戦以来、ファイトマネーを全額障害者施設に寄付しているボクサーがいる。しかも仕事は介護士。さらに強い」という記事を読んだ時、なぜそんなことができるのか、これまでどんな人生を歩んできたのか、目指しているものは何なのかを知りたい。こう強烈に思ったのが大沢さんに取材したいと思ったきっかけでした。

電話で取材を申し込んだのですが、突然ボクシングとは何の関係もない媒体からだったので、インタビュー開始直後は、誠実に回答してしていただいていましたが、おそらく少し警戒していたというか、完全に心を許していただけていなかったと思います。しかし会話を重ねるごとに話しぶりは熱を帯び、大沢さんを取り上げた過去の記事には掲載されていないことまでたくさん語っていただきました。

直接お話をうかがいながら、言葉が熱風のように押し寄せてきて、私自身も熱くなったことを覚えています。とうの昔に忘れていた大事な何かを思い起こしてくれて、自分ももっと仕事や生きることそのものに対して真剣に向き合わねばと気合いが入りました。

大沢さんの生き方、働き方に関しての言葉は、ボクシングとは無縁の多くの方々にも刺さるのではないでしょうか。

インタビュー後もボクシングの練習や仕事で忙しい中、何度もやりとりさせていただきました。ありがとうございました。

また、試合中に撮影した写真を快く提供していただいた方々にもこの場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。 取材・文・撮影:山下久猛

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