ブランディングのようなものを、今よりも強く意識していた時期もあった──俳優・佐藤健のキャリア観

ブランディングのようなものを、今よりも強く意識していた時期もあった──俳優・佐藤健のキャリア観 佐藤健さんインタビューカット

プロフィール

佐藤 健(さとう・たける)

1989年、埼玉県生まれ。2008年、『ROOKIES』の岡田優也役で注目を集め、NHK大河ドラマ『龍馬伝』(10年)、『天皇の料理番』(15年)、連続テレビ小説『半分、青い。』、『義母と娘のブルース』などに出演。20年1月期のTBS系火曜ドラマ『恋はつづくよどこまでも』では上白石萌音さんとともにW主演を務める。おもな主演映画に『るろうに剣心』シリーズ全3部作(12年、14年)、『バクマン。』(15年)、「何者」(15年)、『世界から猫が消えたなら』(16年)、『ひとよ』(19年)など。20年夏、主演を務める映画『るろうに剣心』最終章が公開予定。

2018年7月期に大ヒットしたドラマ『義母と娘のブルース』(TBS系)の続編が、単発ドラマ『義母と娘のブルース 2020年謹賀新年スペシャル』(2020年1月2日(木)夜9時〜11時20分)として放送される。主人公・亜希子家族に波乱を起こす、憎めないダメ男・麦田章を演じ、連続ドラマ放送時からその好演ぶりが話題の佐藤健さんに、キャリアとの向き合い方を聞いた。

「今回がベスト」と感じることはないし、「間違っていたな」と後悔したこともない

『義母と娘のブルース 2020年謹賀新年スペシャル』で再び麦田を演じることへの思いを問うと、「僕にとって麦田は愛おしい存在。好きなキャラクターを演じられるというのは、楽しいですよね。また、『義母と娘のブルース』の制作陣には『ROOKIES ルーキーズ』(2008年)や『天皇の料理番』(2015)などでお世話になってきたスタッフが多く、確実にいい作品になるという信頼感もある。帰ってこられる場があるということを非常にありがたいと感じています」と話す。

──一方で、近年は映画への出演も増えており、2019年はバーナード・ローズ監督作『サムライマラソン』、白石和彌監督作『ひとよ』と初めての監督との作品が続きましたね。

役者として幅を広げたいという思いは常にあります。そのためには居心地のいい場にいるだけでなく、チャレンジしたり、飛び込んでみるといったことも時には必要だと思っています。

──新たな作品に取り組む際に、現場でのスタンスや、役づくりといったものを戦略的に考えるタイプですか?

ある程度戦略的に考える必要があるときはそうしますし、必要がないときはしません。フォーマットのようなものはなく、取り組み方や役へのアプローチは毎回違います。その都度、その都度、何がベストかを考えて、それを実現していくようにしています。

──今回はベストだった、うまくいったというようなことを感じるときはありますか?

その作品ごとにベストを追求してはいますが、ほかの作品と比較して「今回がベスト」と感じることはないですね。もし、別のアプローチを取っていたらどうだったかというのは想像しようがないですから。一方で、ひとつの作品づくりが終わったときに、「間違っていたな」と思ったこともありません。

その日、その日をただ一生懸命、本番で力を発揮できるようやっていた

佐藤健さんインタビューカット

17歳でデビューし、2020年で15年目を迎える。傍目には、右肩上がりの活躍ぶりだが、本人は自身のキャリアを振り返り、「人生のピークはデビューから数年。あのころがピークなのは間違いないと思います」と断言する。

──デビュー当時が「人生のピーク」とお感じになっているとは、意外です。

もちろん、今も充実していますし、当時とは異なる、俳優の仕事の面白さ、楽しさをそのときどきで感じています。でも、デビュー当時というのは何よりも、すべてが新鮮でしたから。

デビューするまでは、とくにやりたいこともなく、シンプルに日々が退屈でした。それが、高校2年生のときにスカウトをしてもらって初めて芝居に出会い、「あ、こんな世界があるんだ」と思いました。毎日が刺激的で、それこそ地元の埼玉から東京の仕事場への電車に乗るだけで楽しかったです。やっと、希望にめぐり合えたと言うとちょっと大げさですが、それに近い感じでした。

──俳優の仕事にはもともと興味があったのでしょうか?

ドラマや映画は好きだったので、関心はありましたが、将来の職業として考えたことはなかったです。そもそも、やりたい職業がありませんでした。

──俳優を生業としてやっていこうと考えるようになったのはいつごろでしたか?

俳優をやっていこうと決意した、というような瞬間はなかったです。仮に決意したとしても、続けられる保証のない世界ですしね。俳優としてやっていけたらいいな、というようなほわほわした気持ちでした。

一方で、日々は非常に忙しいわけですよ。撮影が毎日のようにあって。その日、その日をただ一生懸命、本番で力を発揮できるようやっていたら、いつの間にか俳優以外の仕事をするのは考えづらいところにいた。「俳優になろう」と強い意思決定をしたというよりは、環境が僕を俳優にしてくれたという要素が大きかったと思います。

「20代前半から半ばにかけては、1年の半分くらい暇でした」

佐藤健さんインタビューカット

デビュー1年目に主演に抜擢された『仮面ライダー電王』で注目を集め、翌年に出演したドラマ『ROOKIES ルーキーズ』で知名度を上げた。20歳のときには『龍馬伝』の岡田以蔵役でNHK大河ドラマに初出演。監督の大友啓史氏に見込まれ、主演に抜擢された『るろうに剣心』シリーズは過去3作の累計興行収入125億円以上、観客動員数980万人を超える大ヒットに。20代半ばからは映画の主演作も増えた。数多くの作品に出演してきた印象があるが、出演作は同世代で活躍している俳優たちのなかでは少ないほうだ。

──出演する作品数を抑えていた時期があると過去のインタビューでおっしゃっていますね。

「今、一番やりたいもの」に挑戦させてもらうということでやってきて、その結果、数としてはかなり少ない時期もありました。20代前半から半ばにかけては、多いときで1年の半分くらい暇でしたから。

──にわかには信じがたいです。

作品をやっている時期はとても忙しいんですよ。ただ、ひとつ作品が完成したら、2カ月、3カ月休むというペースで、メリハリのある、いい生活でした。

──休暇中はどのように過ごされていたんですか?

最初は友達と毎日のように飲んだりしていましたが、そのうち遊んでばかりいるのにも飽きて(笑)。以前から英語を勉強したいとか、海外で暮らしてみたいという思いがあったので、『天皇の料理番』(2015)の撮影が終わって3カ月ぐらいLAでホームステイしながら語学学校に通ったりしました。ニューヨークに滞在して、アクターズスクールに通った時期もあります。

──海外に滞在されたことで、得たことは?

短い期間ですし、そもそも海外に行くことによって、何かが劇的に変わるという期待もしていませんでした。ただ、行かないよりは、行ってよかったと思っています。アメリカでは体系的に演技を学んでオーディションで役を勝ち取って俳優になっていく人がほとんどなので、プロ意識に刺激を受けたり、いい経験になりました。

役者の演技というのは、チームが作ってくれている

佐藤健さんインタビューカット

本人は「当然のこと」と多くを語らないが、佐藤さんはこれまでの作品において、入念な準備をして役を演じる俳優として知られている。前述の『天皇の料理番』では宮内省大膳職司厨長(総料理長)を務めた秋山徳蔵の修行時代から司厨長になるまでを演じたが、佐藤さんはそれまで包丁すらほとんど握ったことがなく、猛練習。包丁さばきがうまくなり過ぎてしまい、撮影に入るにあたり、料理が下手な人の包丁さばきを指導されたというエピソードもあるほどだ。出演作が多くはないのは、その姿勢に加え、ほとんどの作品で主演を演じており、複数の作品に同時に出演することが難しかったのも理由のひとつだろう。ところが、2018年は連続テレビ小説『半分、青い。』にヒロインの幼なじみ・萩尾律として出演する一方で、『義母と娘のブルース』で麦田を演じ、映画にも主演作『億男』を含め3作品に出演とフル稼働だった。

──2018年の出演作がそれまでに比べて多いのは、意図的だったそうですね。

『半分、青い。』のお話をいただいたあたりから、「そろそろ20代が終わるな」と気づいて、「やばい」と思ったんです(笑)。例えば、萩尾律は高校時代も演じましたが、30代になったら、10代を演じるのはなかなか難しいものがある。その年齢でしかできないこともあるなと。幸い、俳優というのは今の自分を残せます。20代の自分を映像に残しておきたくて、露出を増やせたらと考えました。そんなときに『義母と娘のブルース』のオファーをいただいて、脚本が面白く、信頼できるスタッフと再び仕事ができることに加え、主演ではないことから、「できそうかな」とチャレンジしました。タイミングもあったと思います。

『半分、青い。』と『義母と娘のブルース』を同時期にやらせていただき、以前にも増して感じるようになったのは、作品づくりにおいて役者の力というのは微々たるものだということ。そのくらい、脚本家の方々やスタッフの力の大きさを感じました。僕は出演作が比較的少ない分、素晴らしい作品にたくさん出てきたと自負していますが、いい作品は、脚本の時点ですでにキャラクターが魅力的です。すでに魅力的なキャラクターを、自分の力を出し切って演じるということに、2作同時に向き合うことによって、役者の演技というのはチームが作ってくれているとあらためてわかりました。

やりたいことをやり続けられる環境を自分で作っていく

佐藤健さんインタビューカット

自分のやるべきことを一生懸命やりつつ、チームを信頼し、ときには委ねる。そこから生まれる仕事のダイナミズムを知り、以前よりも肩の力を抜くようになったのだろうか。2019年に主演を務めた映画『ひとよ』は、体重を増やし、無精髭を生やして外見こそは役のイメージに近づけて準備をしたものの、「白石組を信頼していたので、こういう演技をしようというような、役作りはこれまでにないほど何もしなかった」と語っている。『義母と娘のブルース 2020年謹賀新年スペシャル』についても、「麦田はもはやどう演じても魅力的になるところまで、チームでキャラクターを育ててきたので、撮影に際し、不安はまったくなく、単純に楽しみです」と自然体だ。

──今後の展望は?

先のことはわかりませんが、「今、一番やりたいものをやる」ということは変わらないでしょうね。「やりたいもの」の基準は脚本が面白かったり、企画がこれまでにないものだったりと内容が最優先ですが、そのほかにも要素はあって、いわゆるブランディングのようなものを今よりも強く意識していた時期もあります。次のステージに行くためのステップが見えない仕事はやらない方がいいというような考えでした。ただ、最近つくづく思うのは、役者というのは成長が見えにくい仕事だなと。一作ごとに役が違うので、過去と比べようがないし、他人と比べて勝ち負けを決められるようなものでもない。だから、今はポジションを上げていくというよりは、やりたいことをやり続けられる環境を自分で作っていこうという感じです。

──今、やってみたいことはありますか?

ここ最近よく言っているのは、自分から発信して何かを作っていくのもいいかなと思っています。俳優というのは基本的に受け身の仕事なので、20代は声をかけていただいた作品、与えられた役に応えていくということをとにかく必死でやってきました。でも、経験を重ねて、少し、以前よりも見える景色が広がってきたのかもしれません。何かをプロデュースするとまではいかなくても、作品づくりに企画段階から参加したり、積極的にアイデアを出すといったことをやっていく機会があれば、挑戦してみたいという気持ちはあります。

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STYLING:山本隆司 Hair&Make-up:古久保英人

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