「情報源」の自殺で露呈したインテリジェンスの問題点(早稲田大学客員教授 春名幹男)
※この記事は国際情報サイト『Foresight』より転載させていただいたものです。 http://www.fsight.jp[リンク]
6月14日、本欄で日本インテリジェンス・コミュニティが挙げた「異例の成果」について伝えた(「日本のインテリジェンス・コミュニティが異例の成果」 http://www.fsight.jp/blog/11557 [リンク])。
4月15日の金日成北朝鮮国家主席生誕100年の軍事パレードに登場した新型弾道ミサイルの発射台用特殊車両WS51200が中国から輸出されていたことを示す証拠を日本が掴んでいた、という情報である。このニュースは6月13日付朝日新聞朝刊がスクープ。大手各紙も追いかけ取材して報じた。
しかし、極めて残念なことだが、その情報源とみられる外務省国際情報官室の企画官(47)が20日、千葉県茂原市内で自殺していたことが分かった。彼は海上保安庁から外務省に出向していた。
25日の記者会見で、山根隆治外務副大臣は、質問に答えて「プライバシーにかかわることなのでお答えを差し控えさせていただきたい」とコメントを拒否した。情報漏れによって報道される結果となったため、「内部調査」を行なったのか、との質問に対しても、「調査を行なったかどうかについてもコメントをしない」とガードが堅かった。
このまま真相不明のまま闇に葬られることになれば、インテリジェンス上極めて重要な教訓も失われてしまう恐れがある。
ここでは(1)なぜ情報がリークされたのか(2)このリークではどんな問題があったのか――について考えてみたい。
本欄では先に、リークの経緯について、2つの推測をした。
・中国による国連安保理決議違反の疑いがある、こうした事実が米国によって厳しく追及されなかったため、日本として不満を表明するためメディアに書かせた。
・先月、農水相・同副大臣のスパイ事件への関与を追及された民主党政権がインテリジェンス分野の明確な「サクセス・ストーリー」としてあえてリークした。
といった可能性である。
しかし、いずれの可能性も小さい。自殺者を出したことからみると、この2つのシナリオでは説明がつかない。リークの意図を買いかぶりすぎていたともいえる。恐らく、自殺したこの外務省企画官が取材を受けた際に、誤って話してしまった、という可能性の方が大きいと考えられる。その意味では「漏洩事故」に近いと言えるかもしれない。
このことは、(2)の「リークをめぐる問題」にも直接関係している。
インテリジェンスのリークに関しては、欧米では「SOURCES AND METHODS(情報源と方法)の保護」が最重要、とされてきた。米国家安全保障会議(NSC)は1950年のNSC情報指令11で、情報源と方法の保護を米中央情報局(CIA)長官の「責任」と定めた。
今度の新聞報道では、2つの重要な情報収集の方法が明るみに出てしまった、と政府情報筋は指摘している。
第1に、カンボジア船籍の貨物船「ハーモニー・ウィッシュ号」が発射台車両4両を輸送して、北朝鮮西岸の南浦港に到着したのを日米韓3国の偵察衛星が追跡したこと。
第2に、この貨物船がその後、大阪港に入港した際、海上保安庁が船長の同意を得て臨検、船内でこの件の輸出に関する詳細な記録を発見したこと。
このようなインテリジェンスの方法が報道で表面化したため、中国と北朝鮮は次回から、探知されないような方法で輸送することも検討するだろう。
責任を感じて命を絶った企画官は原籍が海上保安庁であり、これらの事実を熟知していた可能性がある。取材に応じて話した結果、情報収集の「方法」が明るみに出たため、責任を感じた、という経緯が想定される。情報の扱いに手慣れたベテランであれば、「オフレコ」を条件に記者に話す場合でも、「方法」はぼかして伝えるだろう。
実は米国でも現在、オバマ政権からニューヨーク・タイムズ紙への機密漏洩が政治問題化している。5月末から6月初めにかけて同紙に、「無人機プレデターによるテロ容疑者空爆」「イランのウラン濃縮施設へのサイバー攻撃」にオバマ大統領自身が直接関与している、とする記事が掲載された。米国は大統領選挙の年であり、「オバマ大統領をタフガイに見せるための意図的漏洩」(マケイン上院議員)との批判が出て、司法長官がこれらの漏洩を捜査する検事を指名する騒ぎに発展している。
米国の例とは全く対照的に、日本では悲劇が起きた。この事件を機に、特にこうした政治・外交と密接に関連する機密情報については、一元管理する必要性を政府は改めて認識する必要があろう。
今回の事件では、米側からの指摘があり、情報漏れの調査をしている段階で自殺者が出た、という噂が流れている。米側からの指摘は珍しいことではない。過去には、海上自衛隊でイージス艦情報漏洩事件が表面化した。しかし、現実には情報漏れは、上記の事件も含めて、米国の方が圧倒的に多い。イージス艦情報は既に中国に漏れていて、中国はイージス艦をまねた艦船を建造したという情報もあるほど。米国からの指摘をことさら報道するのは事大主義だ。
他方、メディアにとっては情報源の秘匿と保護が死活的に重要である。言うまでもないが、情報源が推定できるような記述を避ける工夫を常に徹底する必要がある。
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春名幹男 Haruna Mikio
早稲田大学客員教授
1946年京都市生れ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。現在、早稲田大学客員教授、名古屋大学客員教授。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『スパイはなんでも知っている』(新潮社)などがある。
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