賃貸契約のオンライン化、日本での導入は? どれだけ便利に?

賃貸契約のオンライン化、日本での導入は? どれだけ便利に?

国土交通省は2019年10月1日から賃貸取引における重要事項説明書等の電子書面交付に関する社会実験を開始しました。いよいよ、不動産関連の文書のやり取りをネット経由で行える時代の到来への第一歩です。すでに米国では、不動産の賃貸契約だけでなく、売買契約でさえオンラインで全契約の9割以上のやり取りが終えられる時代ですが、日本の導入条件を探りつつ、不動産業界の最先端をいく米国の事例を紹介します。

「IT重説」に続く規制緩和

今回、不動産における「賃貸取引」の電子書面交付化が進むきっかけとなったのは、2017年から本格運用され始めた「重要事項説明の対面原則」の規制緩和に始まります。重要事項説明とは、宅地建物の取引に関して、契約前に宅地建物取引士により、説明の相手方(借主)に対して契約上の重要事項について説明することを言います。 またその際に、説明の内容を記載して説明の相手方(借主)に交付する書面を、重要事項説明書と呼び、 宅地建物取引業法に規定されています。

詳しい話を伺った、国土交通省 土地・建設産業局 不動産業課の石原寛之さんによれば、今回の社会実験は国土交通省が作成した「賃貸取引における重要事項説明書等の電磁的方法による交付に係る社会実験のためのガイドライン」に基づいて実施しているといいます。

これまで宅地建物取引士による「重要事項説明」は、必ず対面で行うことが義務付けられていました。しかし、2013年から政府が推し進めているビジネスにおける「IT活用」の中で、不動産業界ではそれまでの規制を緩和し、オンラインシステムを利用した「非対面」での説明を実施するための施策が練られてきたのです。それが通称「IT重説」と呼ばれる、ITを活用した重要事項説明の実施となっています。

2015年に行われた社会実験と、その実験を通じて収集したデータを、有識者や実務者による検討会を通じて分析し、2017年から本格運用に至っています。そして今回、「書面の電子化」に関して、事前登録をした113の事業者による3カ月間の実験が始まりました。その内容は、先述の「IT重説」の実施に加え、「賃貸取引」に限った書類の電子交付を行うというものです。

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なお、事前に社会実験に参加登録した登録事業者は、社会実験期間中に社会実験を実施した説明の相手方(借主)および、担当した取引士に対して、アンケートを実施。その内容を国土交通省に対し、フィードバックすることが求められています。

「電子署名」、専門業社のサービスが必須

「IT重説」の場合、説明の相手方(借主)に対し、事前に送付された書面により、オンラインで取引士による説明が行われ、書面に署名をして返送する、という流れがありました。今回の社会実験における「電子書類」の交付にあたり、カギとなるのはやはりセキュリティーです。登録事業者(取引士)は、重要事項説明書などの電子ファイルを作成し、暗号化された高度なセキュリティーが確保された環境で、説明の相手方(借主)へ書類を送付し、必要な部分に「電子署名」を依頼します。

なおこの電子署名については、すでに電子認証業務を行うサービス事業者についてのリストを、国土交通省のウェブサイト上で、公に共有されています。専門業者による安全なサービスを利用することで、電子署名済みの書類をメールなどでやり取りが可能になるのです。また確認ソフトを使えば、その電子署名が改ざんされていないことを確かめることも可能だと言います。ただし、専門業者も、現時点で19社がリストアップされているので、サービス内容や使いやすさにも差がありそうです。

なお、今回の社会実験では2つの電子書類の交付方法が選択できるようになっています。1つ目は、メールに添付し、PC上で電子ファイルへ電子署名を書き込んだ後、送付する場合。あるいは、クラウドなどのサービス上で、電子署名を書き込み、それを保存することで、必要な電子書類をやり取りする場合があります。

IT化先進国、米国の場合

一方、すでに賃貸だけでなく不動産の「売買」においてもオンライン化が進んでいる米国では、どのような形で不動産業界における「IT化」が進んだのでしょうか。南カリフォルニアで30年以上不動産業務に携わる、オレンジ不動産のジャック才田さんと、妙子さん夫妻に、詳しい話を聞きました。オレンジ不動産のジャック才田さん、妙子さん夫妻(写真提供/オレンジ不動産)

オレンジ不動産のジャック才田さん、妙子さん夫妻(写真提供/オレンジ不動産)

「私たちは、不動産書類の電子化を導入したのは決して早い方ではありませんでした」と話す才田さん。周辺の同業者の導入実績や環境を観察しながら、実際に導入を開始したのは2014年になってからだと言います。米国では90年代から、書類の電子化が始まりましたが、クラウドを通じた電子署名を用いたり、メールで必要書類をやり取りしたりするだけで、賃貸や売買契約がすべてオンライン上だけで完結するのが当たり前になったのは、ここ4、5年といってもいいでしょう。(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

オレンジ不動産がIT化を推進したきっかけは、競争の激しい不動産業界の中で「遅れている感」を出したくなかったからだと言います。加えて、2015年ごろから「全米不動産業者協会」や、「カリフォルニア不動産協会」といった業界組織の加盟者であれば、不動産書類の専用ソフトウエアを提供する「zipLogix(ジプロジックス)」を「無料」で利用できるようになったことも、業界内でのIT化が一気に進んだきっかけになったことは言うまでもありません。

米国では、こうしたIT化が進んだおかげで、不動産のやり取りの時間が短縮できるようになり、とくに不動産売買は増加の傾向があると言います。「米国では、不動産に関係する書類の書式がほぼ画一的ということもあり、書類の電子化が進んでも、戸惑う人が少ないというのもあるかもしれません」とは、妙子さんの話です。

実際50代以上の年配者は、初めて電子署名で書類にサインをする際に、不安感を抱く人もいるといいます。しかし「そのような方には、時間をかけてやり方を説明し、必要な電子署名の設定を手助けします。スマートフォンでも簡単に確認ができ、サインまでできるようになるので、多くの方は喜んで利用するようになっています」と話します。(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

さらに、「仕事やプライベートなど、時間管理を自分の思い通りにすることを好む若い方ほど、不動産におけるやり取りを煩わしく感じる人が多いように感じます。自分の自由な時間に、オンラインで署名や書類のやり取りまで完結できるIT化は好まれています」と続けます。

不動産取引者に対して、専用ソフトに関するセミナーはもちろん、書類の電子化による起きやすいトラブルや、その解決法については、業界組織内を通じて業界全体で積極的に情報共有されています。さらに、トラブルの相談窓口も用意されていると言います。メールやクラウドを上手に使い分けながら、IT化を進める中で顧客の信頼性を維持する方法を、リアルター(不動産屋)は考えなくてはなりません。

米国では、現場のニーズに合わせ、導入しやすいサービスの提供とそのサポート体制が構築できていることで、一気にIT化とペーパーレス化が進みました。今後、銀行や金融業者による、不動産ローン関連の書類についても、電子化・ペーパーレスが進む予定だと言います。

一方、日本では現在行われている社会実験のアンケート調査の結果により、分析に十分なアンケート結果が集まらない場合は、実験の延長も想定されています。「実施には法改正が必要になるため、ある程度の期間は必要となります」とは、先述の国土交通省・石原さんの言葉です。不動産取引のIT化については、消費者保護を最優先として、カスタマー、不動産会社双方にとって取引の利便性向上に確実につながるこの取り組みに期待したいものです。●関連サイト

国交省の公式告知

●取材協力

国土交通省土地・建設産業局 不動産業課

オレンジ不動産 妙子&ジャック・才田夫妻

zipLogix
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