滑膜肉腫に対する抗体療法(中村祐輔の「これでいいのか日本の医療」)

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滑膜肉腫に対する抗体療法(中村祐輔の「これでいいのか日本の医療」)

今回は中村祐輔さんのブログ『中村祐輔の「これでいいのか日本の医療」』からご寄稿いただきました。

滑膜肉腫に対する抗体療法(中村祐輔の「これでいいのか日本の医療」)

フランスで第1相試験を終え、日本で開始しようと考えていた、滑膜肉腫に対するイットリウム(放射性同位元素でベータ線を放出する)を結合した抗体治療がようやく始まる。8月15日にオンコセラピーサイエンス社がプレスリリースしたものだ。

研究を開始したのは今から15年ほど前に割か遡る。京都大学の戸口田淳也先生が収集していた軟部肉腫試料を、同じく京都大学から派遣されてきた長山聡先生が解析し、滑膜肉腫特異的分子として発見したFZD10分子が、この物語の始まりだった。骨軟部肉腫でも、この滑膜肉腫タイプにだけ産生されていた。正常組織では胎盤だけというきわめて珍しい分子だった。

この分子が細胞表面にある分子であり、細胞の増殖に重要であることがわかり、抗体治療を目指した。しかし、治療に応用可能なモノクローナル抗体を作るのに3年近くも要した。心が折れかけたが、大企業が取り組まない治療薬を開発するのが自分たちの使命だと思い、頑張った。しかし、抗体はできたものの、抗体単独ではがん細胞は死ななかった。このFZD10の働きを抑えれば、細胞は死ぬと考えていたのだが、甘かった。

ここでも、心が折れかかったが、抗体が細胞表面にくっついた後、細胞内に取り込まれることが明らかとなり、放射性同位元素を結合させて、細胞内部からベータ線という放射線治療をしようと考えた。動物実験では効果が認められたが、ここから先に進めない。もちろん、患者さんの数が年間100人にも満たないがんの治療薬開発に手を差し伸べる大手製薬企業など見つからなかった。公的資金に応募すると、こんな患者数の少ないがんの治療薬を開発する意義はあるのかと目を疑うようなコメントが帰ってきた。この国の審査員のメンタリティーはこの程度なのかと悲しくなった。

別の委員は、「こんな放射性同位元素を利用した治療法は例がない」とのコメントだった。当時、すでに、イットリウムを付加した抗体治療薬は保険収載されていた。こんな馬鹿が審査しているから日本は駄目なのだと憤っても、その声がどこにも伝わらないのがこの国の欠陥なのだが、今でも同じ状況は続いている。審査委員を評価する制度を確立しない限り、偏った審査が続くだろう。政治家が、「この欠陥が日本からイノベーションが生まれてこない」大きな要因であることに気づいて欲しいと願って久しい。

またまた、心が折れかけたが、フランス・リヨンにある病院のBlay博士が日本を訪れ、自分たちに治験をやらせて欲しいと申し出てくれた。あの日の感動を忘れない。目の前の患者さんに新しいものを届けたいという気持ちの共有ができたことがうれしかった。最近は、採算のことしか考えない人が多くなってきて夢が共有できないことが悲しい。大企業では手を出さないようながんに対する治療薬の開発も視野に入れ、「がん患者さんに希望と笑顔を!」という私の青臭い使命感が通じなくなってきたのは残念だ。世の中では夢と挑戦が通用しなくなったようだ。

そして、昨年度にフランスでの第1相試験は終わったが、私は何としても日本での治験を開始したかった。また、第1相試験から始めなければいけないのは大変だが、治験を開始した時にメールを交換した、滑膜肉腫患者のお父様との言葉が、胸に突き刺さっていたからだ。

私は日本人患者でもフランスに出向くことさえできれば治験を受けられると考えていた。米国で治験を受けている日本人患者さんたちのことを知っていたからである。しかし、リヨン政府から支援を受けて始まった治験であり、副作用が出た場合の補償がフランス国民に対してだけであったため、日本人患者は登録できないことを後日知らされた。「日本人研究者が見つけ出し、日本の企業が患者に届けるまで育てた薬の治験に、どうして日本人患者がエントリーできないのか!」このお父様の問いに返す言葉がなかった。若い患者さんが旅立っていかれたというメールを受け取った時は、胸が張り裂けるような思いだった。たとえ効果が無かったとしても・・・・・・とご両親の悔いる気持ちが痛いほどわかる。

このような経緯もあり、どうしても次は日本でという想いは強く、今日に至ったが、日本でやると決めた後も、ここに至るまで心が折れそうになることが度々あった。使命感や責任感を押し付けることもできない。しかし、これらの欠如は遺憾ともしがたいものがある。耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び、ようやくここに来た。笑顔を取り戻したい!

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執筆: この記事は中村祐輔さんのブログ『中村祐輔の「これでいいのか日本の医療」』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2019年9月1日時点のものです。

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