「どうして体から他の男のにおいがするんだ!? おかしいじゃないか!」体臭のせいで不倫疑惑が浮上! 足長おじさんがストーカーに発展 ひとり悩む妻~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

いつになく素直に甘える妻…その複雑な内心

最愛の人、大君の面影を求め、彼女の妹の中の君への想いが募る薫。夫の匂宮が二条院を留守にしているのをいいことに、ついに危ないところまで迫り、妊娠していることに気づいて引き返します。入れ替わりに、今度は匂宮が戻ってきました。

何日も一人ぼっちにして悪かった、と急に戻ってきた匂宮に、中の君は素直に嬉しそう。(嫉妬やすねた態度をとって、わだかまりを持っていると思われないようにしよう。誠実だと思っていた薫の君にも、あんな下心があったんだもの。そうなると、やっぱり宮さまとの絆を頼るしかないわ)

妻の心中を知らない宮は、久しぶりの中の君の可愛らしさや、お腹のふっくらした様子などもいじらしくて、お得意の「来世での愛の誓い」を饒舌に繰り返します。宮にとって心からのびのびできる場所は、やはりこの二条院でした。

普段なら聞き流してしまう調子のいい誓いも、昨日の事があったばかりの中の君には(薫の君もあれこれ上手に仰っていたわ。誠実だと思った方でもああなのに、この宮さまとの来世とはどうなるのかしら……)と思いつつ、こうなると少しは信じてみたいような気も。

それにしても、昨日のことはまったく想定外。自分の後についてさっと御簾の間から滑り込まれた時のあの驚き。お姉さまの気持ちを尊重して清い仲で終わられたのはご立派だけど、やっぱり気を許してはダメだった。でも今後、宮がお留守になれば、昨日のような出来事の起こる可能性が増えるのでは……。

身近な男性は父の八の宮だけだった中の君にとって、薫の突然のアクションは本当に大ショックでした。自分の甘さを猛省する一方で、今後の不安が募ります。そしてその心は、自然と少し夫の匂宮に甘えるような態度につながります。

この辺は、柏木との密通に怯えた女三の宮が、久々に帰ってきた源氏を引き止めた心理とよく似ています。(結果、関係がバレてしまい取り返しがつかなくなったのですが……)。そしてその因縁の中から生まれてきたのが薫。彼が父と同じく間男として、こういった行動を引き出しているあたり、なんだか皮肉です。

「どうして他の男のにおいがするんだ」嫉妬に狂い怒り爆発
宮はいつになく甘えた素振りを見せる中の君がいとおしく、イチャイチャをはじめます。が、彼女の体からいつもと違う香りが……。何と言ってもにおうの宮と呼ばれるほど香りに詳しい宮は、そのにおいが何であるかをすぐに悟ります。

「どうして君の体から薫のにおいがするんだ? 留守の間に何があった!? おかしいじゃないか!!」

それはどんな名香とも違う、薫特有のあの香り。中の君は用心して、宮の帰宅前に前もって、上から下まで全てを着替えていたのですが、宮の鼻はごまかせませんでした。昨日の薫は着替えてもなおにおいが残るほど接近していたわけですね。中の君は返答に窮します。

その様子に宮は(やっぱりな。前からアイツは絶対怪しいと思ってたんだよ)と、確信を深め「返事がないところを見ると、何もかもすっかり許してしまったんだろう。私が新しい妻を持ったからって、こんな風に当てつけがましい浮気の仕返しをするなんて! 私が留守にしたのはそんなに長い期間だったか? 私の愛情は尽きないというのに、ああ情けない」

嫉妬に狂った宮は“ここにはとても書けないくらい”さんざん中の君を責め、罵ります。祖父・源氏の嫁いびりが思い出されます。でも源氏は表面的には優しくしつつ、人目につかないところで陰湿にジワジワダメージを与えるタイプだったのに対し、直情型の匂宮は大爆発! といった感じで、臆面もなくガンガン言い募るタイプ。仮にも宮なのに、ちょっと品がない気も。

反論せずに耐えてきた中の君も、さすがに何も言わないのもと思い「親しんできた夫婦の仲は、こんなにおいのために切れてしまうのですか」と泣きます。しおらしい姿があわれなのを見るにつけても、こんな風だから薫も手を出す気になったんだろうと思い、自分も感極まって涙をこぼす有様。よく泣くなあ。

(何があったかわからないが、たとえ間違いがあったとしても、こんなかわいい人を憎み通すことはできやしない……)。結局、匂宮は「オレが悪かった、言い過ぎた」と痛々しく泣き続ける中の君を慰め、その日は暮れました。

「悔しいけどお似合いだ」浮気の証拠探しに奔走

翌日、宮は遅く起きてのんびり朝食を取ります。(ちなみに朝ごはんはお粥)。六条院で舶来ものの調度品やら、派手な衣装をバリッと着こなした女房らを見慣れた目には、二条院の佇まいは実に平々凡々に見えます。

でも、六条院で仰々しいほどに装った美貌の六の君と比べ、中の君の美しさは引けを取るものではありません。もともとふっくらコロコロしていた人が少し痩せ、肌はますます白くなり美しいのです。

不倫疑惑の起こらないときでさえ、愛嬌があって可憐なところはピカイチだと思っている宮は(こんなきれいな人と、兄弟でもない男が親しく会話なんかして、自然と様子がわかるような距離にいたら、変な気を起こさずにいられるわけがない!)

自分がそうであるために、“男女の仲=セックス”としか思えない彼は、証拠の手紙がないか探し回ります。しかし出てきたのは事務的なものばかり、それも特に隠してもおらず、他の手紙なんかと混じって普通に置いてあるのみ。(おかしいな。きっとこれだけじゃないはずだ)。宮は親友と妻の不倫疑惑に、いよいよ気持ちが落ち着きません。

男が見たらほっておけない中の君、そして男から見ても魅力的な男、薫。悔しいけれどお似合いだ。お互いにもののあはれがわかる者同士、放っておいたらくっつくに違いない! ……こんな風に考えて、宮はとうてい六条院へは行けませんでした。

セレブは辛いよ! 妻が抱えた生活面の密かな悩み

嫉妬にかられる薫は、匂宮が二条院にい続けていると聞いて面白くありません。「僕も馬鹿だよな。しょうがないじゃないか。後見人としてお世話をするのが僕の役割なんだから、こんな風に思うこと自体おかしい」

と、ちょっと気を取り直し、中の君の女房たちの衣装がクタクタだったのを思い出して、母の女三の宮に出来合いの女物の衣装がないか相談。早速いくつか都合をつけ、中の君への衣装にはことに美しいものを用意します。その中にはしっかりと(?)「結ばれた相手が違うんだからしょうがないけど」と未練タラタラの手紙もつけました。

薫はこれらを早速、中の君のベテラン女房・大輔の君宛に贈りました。匂宮がまだいるので、中の君用の衣装は包んだまま、女房用に送られた絹などをみんなで分けて裁縫します。

源氏はよく生活に困った恋人やその周辺の人達に何くれとなく援助をし、その人達が体面を保っていけるよう、非常に細かい配慮をしていました。が、宮中そだちの純然たる皇子さまである匂宮は生活の苦しみと言ったものとは無縁です。

それでも匂宮は、愛する中の君のためにさまざまに気を配っていました。基本的に風流ごとだけしていればいいご身分の人なので、こうした実質的なことに心を砕くというのは異例のこと。宮の乳母などは「そんな所帯じみた事を、やんごとない宮様がするなんて」と言うくらいイレギュラーなことです。

こうして、夫はそれなりの配慮はしてくれるのですが、それでも中の君は自分の女房の中にクタクタやヨレヨレの格好のものが混じっていたりするのが、人知れず恥ずかしくてたまりませんでした。匂宮から見れば「普通のなんてことない家」ですが、二条院だって立派すぎて大変なレベルの豪邸。

そんな豪邸の女主人となったのに、親もいない、財産もない中の君は、女房らにろくな衣装も用意してあげられない。まして夫の匂宮はこの頃、六条院のスーパーセレブの贅沢を見尽くしている。中の君は(宮さまづきの女房たちも、きっとみっともないと思っているはず)と、肩身の狭い思いをしていました。

宮は「ここの女房は衣装もクタクタだけど、かえってそれが気兼ねなくていいな~」と思うだけですが、薫は「中の君が恥ずかしい思いをするだろうから、新しい衣装を贈ろう」と、彼女の心中を理解して行動を起こしました。目立つ風でもなく、といって上から目線でもなく、いわば面の割れた足長おじさんのようなサポートです。

薫も大貴族の息子ですから、宮と同じく生活の苦労だとか、衣食住の心配などはしたことがありません。が、その彼を変えたのはやはり八の宮との出会いでした。

修繕費用もなく、ボロく寂しい宇治の山荘。質素を絵に描いたような八の宮の暮らし。薫は間近でそれを見て「自分になにかできることをしよう」と考えがシフト。それも八の宮一家だけでなく、ひろく世界中で苦しんでいる人のことを思うようになったとか。

こうしてみると、源氏がこういった生活面についても、いかにソツなく万能だったかがよくわかります。セレブの仲間入りをしたものの、体面を保つほどの財力のない中の君の悩み、惜しみない愛情を注ぎながら実際的な部分ではピンときていない匂宮。そこを埋められる薫、と三者三様の有様がリアルです。

それにしても、最後の八の宮の件に感化された話はだいぶ聖人君子らしさを失いつつある薫へのフォローのようにも見えますが、ややとってつけた感がある気がします。

「誰に相談すればいい?」足長おじさんがストーカーに発展

さて、せっかく聖人君子な部分を強調してもらったのにも関わらず、薫は中の君への横恋慕を断ち切れません。「安心できる、頼れる足長おじさんでいよう」と頭で思うのとは裏腹に、何かにつけて恋の恨みを書いた手紙を送りつけてしまうことが増えました。メール攻撃!

表向きは親切な後見人、その中身はストーカーという、厄介な存在に発展してしまった薫に、中の君は自分の身の上が嘆かれます。まったく見ず知らずの相手ならキモいストーカーと放置しておけばいいのですが、なまじ親身に付き合ってきたばかりに、いきなり疎遠になってもかえって目立って変だろうし……。

かゆいところに手が届く、薫のサポートに対してはもちろん心から感謝しているのですが、彼の気持ちまで受け取るわけにはいかない。ここの線引をどうしたらいいのか、中の君は独りで悩みます。

相談しがいがありそうな女房たちの中で、若い人たちは最近仕えてくれたばかりで詳しい事情を知らない。あとは宇治からの古参のおばさん連中なので、とても中の君の気持ちを理解してくれそうにありません。

(こんな時、お姉さまがいてくださったら。でもお姉さまがもしご無事でも、同じような思いをされただろうか……)。誰よりも自分の味方でいてくれた姉・大君。その姉を心から愛した男が、今は多情な夫よりも中の君を苦しめていました。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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