デュアルライフ・二拠点生活[13]8年目のリアル「二拠点生活のために会社を辞めました」

デュアルライフ・二拠点生活[13]8年目のリアル「二拠点生活のために会社を辞めました」

二拠点生活(デュアルライフ)は楽しそう。でもずっと続けると、どんなことが起きるのか。

今回は、二拠点生活8年目となった先輩デュアラ―の暮らしを紹介。きっかけや当初の目的はもちろん、コミュニティ、働き方の変化、家族の反応、お金のことなど、これまでの様子をインタビューしました。

今回、インタビューを受けてくださったのは、会社員の菅原祐二さん(63)。2011年から、東京都葛飾区の自宅と、南房総(千葉県冨津市)の二拠点生活を送っています。連載【デュアルライフ(二拠点生活)レポート】

これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、さまざまな世代がデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点居住者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます

ローンは組めない。そのときに下した大胆な決断

――そもそも、二拠点生活を始めた理由、きっかけは何だったんでしょうか?

釣りが好きで、千葉の海に通ううち、荷物を置いたり休憩したりできる、釣りの拠点になるような小さな家でいいから欲しいと思ったんです。そこで不動産会社をのぞいたら、“けっこう空き家がある。価格的にも買えるかも。DIYで改修するのも楽しそうだ”と思ったんです。その後、仲良くなった不動産会社の担当者から「探している物件とは違うけど、面白い古民家を見に行くので一緒に行きませんか」と誘われて、興味本位で付いて行きました。築100年ほどの古民家、長屋門や蔵、そして現役の井戸などがある、時代劇に出てくるような物件をそのとき初めて目の当たりにしました。それから一気に古民家に興味が移り、本格的に探し始めて出会ったのが、現在の古民家でした。

もともと建具屋さんの家だったらしく、造りも凝っていたし、太い立派な梁がすっかり気に入りました。正直、予算オーバーだったけれど、購入を決めました。当初は、土・日と月曜が休みの週4日勤務だったので、金曜日に仕事が終わったら、車で南房総に。金、土、日、月と過ごし、月曜日の夜に東京の自宅に戻る生活でした。8年かけて少しずつ改修した古民家。建具や窓は、もともとあったものを再利用したものもあれば、解体現場を手伝いに行った際にもらい受けたものもある(写真撮影/片山貴博) 8年かけて少しずつ改修した古民家。建具や窓は、もともとあったものを再利用したものもあれば、解体現場を手伝いに行った際にもらい受けたものもある(写真撮影/片山貴博)元々は小さな和室が並んであった1階は、すべて広げてフローリングの洋室に。置いてある家具や家電もほぼもらいもの(写真撮影/片山貴博)

元々は小さな和室が並んであった1階は、すべて広げてフローリングの洋室に。置いてある家具や家電もほぼもらいもの(写真撮影/片山貴博)

――週休3日制なんですね! 二拠点生活にあこがれていても、過ごせるのが土日だけと躊躇する人も多いです。二拠点生活当初からそのような勤務スタイルだったんですか?

それには事情がありまして……。実はこの古民家を購入するときに、ローンを組めず、現金が必要になったんです。そこで、先輩が代表を務める会社から“仕事を手伝ってもらえないか”と、ずっと誘われていたことを思い出したんです。“退職金が手に入れば買えるな”と決断。早期退職し、転職。誘われたのを幸いに、勤務を週4日にしてもらえるよう交渉したんですよ。2年前からは週3日勤務にして、金曜日の夜から火曜日までここで過ごしています。

――うらやましいです。二拠点生活が、仕事面での転機にもなったんですね。家族の反応は?

実は内緒だったんですよ。でもさすがに会社を辞めるときには言わざるを得なくて……。

――え、内緒だったんですか?

そうなんです。最初、妻は口をきいてくれませんでした。でも、実際に手を入れてキレイになったこの住まいを見て、ビックリしていました。東京じゃ、ありえない暮らしですからね。今は、友人たちが孫と一緒によく遊びに来ます。

古民家の現状を見て、初日に「失敗した」と大後悔

――確かに。子どもたちにとっては、夢のような環境ですね。二拠点での暮らしぶりについて教えてください。

当初は、まず “住める状態にしないといけない”ミッションがあったので、ひたすら、片付け、大工仕事に明け暮れる毎日でした。トイレをつくる、ピザ釜をつくる、ふすまでつながった和室を全部つなげて広いフローリングのリビングにする。次から次へとやるべきこと、やりたいことは出てくるので夢中でした。今は一段落しましたが、まだまだ手を加えてみたいので、改修工事に終わりはないですね。だから、当初の目的だったはずの釣りはしばらく、まったくできなかったんですよ(笑)。

今は、同じような移住者やデュアラー仲間の家に行って、改修を手伝ったり、ウチで集まって酒を飲んだりしています。釣りも再開しました。仲間と談笑する菅原さん(中央)。自然と周囲に人が集まるのも、菅原さんのとてもフレンドリーでオープンマインドな人柄ゆえ(写真撮影/片山貴博)

仲間と談笑する菅原さん(中央)。自然と周囲に人が集まるのも、菅原さんのとてもフレンドリーでオープンマインドな人柄ゆえ(写真撮影/片山貴博)

――楽しそうです。でも、つらかったことはありませんか? やめたいと思ったことは?

実は初日に“やめたい”って思ったんですよ。まず室内が住める状態じゃないし、電気も通っていなくて、真っ暗。見学したときには気付かなかった欠点が目に付いて、大失敗したぞって思っちゃったんです。パンドラの箱を開けた気分でした。

でも、当初反対していた家族の手前、後には引けなくて頑張るしかないんですよね。今は仲間ができてお互いに工事を手伝い合っていますが、そのときは一人。例えば板を上に持ち上げるのも一苦労でした。でもそうなったら、なんとか創意工夫するんですよ。竹で足場をつくれば一人で持ち上げるのも可能だぞって。その試行錯誤する過程も、便利すぎる東京では、得難い経験だと思います。

もちろんプロにも改修工事をお願いしていたので、休憩の合間に教えてもらったりもしましたね。今では、確実にDIYのスキルは上がって、当時お願いしていた大工の棟梁さんから“定年になったら、ウチでアルバイトすればいい”って、言われています(笑)。そんな暮らしも悪くないですね。小屋1階は作業スペース。道具類をさっと取りやすいように棚をDIY。秘密基地のようなスペースは菅原さんのお気に入り(写真撮影/片山貴博) 小屋1階は作業スペース。道具類をさっと取りやすいように棚をDIY。秘密基地のようなスペースは菅原さんのお気に入り(写真撮影/片山貴博)デュアラー仲間が、菅原さんの作業場を使って大工仕事。お互い助け合いながら楽しんでいる(写真撮影/片山貴博)

デュアラー仲間が、菅原さんの作業場を使って大工仕事。お互い助け合いながら楽しんでいる(写真撮影/片山貴博)

コミュニティの存在は大きい一方、想定外の困りごとも

――この8年間で一番の変化は何でしょうか。

何より、仲間ができたことが大きいですね。最初の4年間はほぼ一人で作業していたのですが、4年前の断熱材のワークショップに参加してみたら、同じような境遇の仲間がたくさんいて、お互いの家の改修工事を手伝いに行くようになったんです。一人でやっていたことも仲間がいたら、圧倒的にはかどる。そのうち、宴会になって、泊まって、また翌日作業するっていうのが日課になりました。

こっちの人間関係の何がいいって、すごくフラットなこと。年齢も職業もまったく違う人たちと、素の付き合いができるんですよ。それに、この暮らし方を選ぶということは、どこか価値観が似ているということ。オープンマインドな人たちが多く、共通の作業を通して付き合いが深まるのがいい。東京だけでは得られない付き合いは、今では宝物です。日曜日、取材に伺うと、南房総の仲間たちと朝ごはんの準備をされていました。かまどは元々あったものを移築、修理したもの(写真撮影/片山貴博) 日曜日、取材に伺うと、南房総の仲間たちと朝ごはんの準備をされていました。かまどは元々あったものを移築、修理したもの(写真撮影/片山貴博)かまどで炊き上げたごはん。美味しそう! (写真撮影/片山貴博)

かまどで炊き上げたごはん。美味しそう! (写真撮影/片山貴博)

――コミュニティの存在が、二拠点生活を長く続けられる理由になるんですね。また、お金の面も気になります。コストについて教えてください。

この640坪の古民家は、土地代合わせて1200万円。さらにこれまで解体・改修にかかったお金はトータル1000万円くらいですね。確かにお金はかかりますが、キャッシュという動産を家という不動産に変えただけ。リフォームで住まいの価値を上げていると思っているんです。

――確かに。今後二拠点生活がもっと普及すれば、二拠点生活向きのエリアや、古民家の雰囲気は残されたまますぐに生活ができるよう改修された住まいは人気が集まりそうです。いいことばかりのように思えますが、想定外の困ったことってありますか?

やはり移動時間は正直、しんどいなと思うこともあります。今は職場もしくは自宅から通っていて、多少ルートは違いますが、車で1時間半くらいかかります。本当はもっと南に行ったほうが海も近く、温暖な気候になるので、二拠点目としては理想的。ですが、私は車の運転があまり好きじゃないので、これが限界かなと。また高速道路代やガソリン代などの移動費用は1回往復で約7000円。月に4回行けば、3万円弱ですから、小さな出費とは言えないでしょうね。釣った魚、採れたて卵、地元のルバーブジャム、と豪勢な朝食に。ジャムは、地元「よぜむファーム」さんのもの。生産者自らがそれぞれ持ち寄った(写真撮影/片山貴博) 釣った魚、採れたて卵、地元のルバーブジャム、と豪勢な朝食に。ジャムは、地元「よぜむファーム」さんのもの。生産者自らがそれぞれ持ち寄った(写真撮影/片山貴博)卵は、南房総山名のたまご屋さん「すぎな舎」のもの。平飼の有精卵を生産していている。卵かけご飯が最高(写真撮影/片山貴博) 卵は、南房総山名のたまご屋さん「すぎな舎」のもの。平飼の有精卵を生産していている。卵かけご飯が最高(写真撮影/片山貴博)南房総仲間と一緒に、日曜日の朝食。建築家、コンサルタントなどをしているデュアラーや、地元を中心に活動するライター、地元の果物農園、養鶏業者の方々でにぎやか(写真撮影/片山貴博)

南房総仲間と一緒に、日曜日の朝食。建築家、コンサルタントなどをしているデュアラーや、地元を中心に活動するライター、地元の果物農園、養鶏業者の方々でにぎやか(写真撮影/片山貴博)

――旅行と違って何度も通うことになるので、移動費用や時間もシビアに考えないといけないですね。今後も二拠点生活を続けますか? それとも完全移住をしますか?

う~ん、まだ決めていません。完全移住も考えなくはないですが、東京の家は、現在、妻と成人した息子が暮らしていて、完全に引き払うことはありえない。となると結局、二拠点生活を続けていくんでしょうね。ただ、こっちの暮らしが楽しくなっちゃって、今後、さらに休みを増やして、週2日勤務にする予定。若い人たちも成長していて、職場での私が担う役割も変化してきたと思いますしね。

――人手不足や技術の伝承の必要性が問題になっている社会では、まさに理想的なセカンドキャリアですね。

最後に、二拠点生活を検討している方にアドバイスをお願いします。特に、“定年退職したら、田舎暮らしを始めよう”と思われている方も多いですが、もし菅原さんは55歳の現役ではなく、定年退職されてから二拠点生活を始めていたら、どうだったと思いますか?

正直、大変じゃないでしょうかね。きっと身体が思っていた以上に動かないと思いますし、誰も知り合いがいない土地に、いきなり暮らすのは正直キツイと思います。働き方も暮らし方もゆっくりシフトチェンジしていくには、55歳で決断したのは良かったと思います。二拠点目を持つことがセカンドキャリアに移行していく、いい機会にもなりました。購入直後に菅原さんが手掛けたのが、屋外にあるトイレ。配管など、初めてのことばかりで悪戦苦闘したそう(写真撮影/片山貴博) 購入直後に菅原さんが手掛けたのが、屋外にあるトイレ。配管など、初めてのことばかりで悪戦苦闘したそう(写真撮影/片山貴博)現在、進行中なのが小屋の二階。元々は干し草を保管する場所で、屋根に断熱材を設けたり、窓を設置するなどの改修を施している(写真撮影/片山貴博)

現在、進行中なのが小屋の二階。元々は干し草を保管する場所で、屋根に断熱材を設けたり、窓を設置するなどの改修を施している(写真撮影/片山貴博)

当初は趣味を充実させるために二拠点生活を始めた菅原さん。その後、新たなコミュニティを得ることで、地域に根を下ろし、二拠点目がリタイア後の人生の拠点へと移行していったように思われます。働き方のシフトチェンジも見事。二拠点目を持つことは、お金や仕事が大きな障害になることは事実ですが、100年生きる人生であることを考えれば、自分自身の働き方、生き方を変化させる、またとない機会となることは間違いありません。
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