少年と20歳年上の女性の恋〜八幡橙『ランドルトの環』

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少年と20歳年上の女性の恋〜八幡橙『ランドルトの環』

 【問題】ランドルト環とは何か? 答え:視力検査の際に使用されるアルファベットのCのような記号。ランドルトというのは、この記号による検査法を考案したスイス生まれの眼科医である。いや、このクイズは簡単すぎだ。ランドルト環については、本書の13ページでも早々に説明されるし。

 そこで、改めて【問題】。主人公は県立高校2年の白砂瞬。父親が経営する眼鏡店で、やがてそこで働くことになる38歳の一村那知と初めて出会う。後日那知と漫画「マカロニほうれん荘」の話題で盛り上がったことで(いったい現代の高校2年生の何割が「マカロニほうれん荘」を知っているのか)、瞬は「通じ合える相手を見つけた瞬間の、この火花が散るようなスパーク感」を味わう。さて、本書はどのような物語になると予想されるか、以下の3つから選べ。

 a.ランドルトの生涯とその功績について、講義形式で語り合う。現役高校生・瞬からの質問に対して、最終的に自分で解答にたどり着けるように講師役の那知が要所要所でヒントを出してアシスト。
 b.実は那知は復讐のために瞬に近づいたのだった! 凄腕の高校生スナイパーである瞬に息子を殺された那知は、虫も殺せないような顔をしながらパート社員として白砂家の人々に取り入ることに成功し…。
 c.瞬は次第に那知に惹かれていく。その思いを打ち明けられた那知は、親子ほども歳の違う瞬に対して「それは多分、恋ではない」「きっとそれは錯覚」「一時的な気の迷い」であると諭すが…。

 答え:c → それはそうだ。aだったら、「講談社ブルーバックス」とかから出版されているだろう。bもない。いや、可能性は0ではないけれども、この表紙イラストや冒頭2〜3ページをパラパラ読んでみた感じから突然ハードバイオレンスな話になったら面食らうわ!

 というわけで、本書は男子高校生とその母親世代の女性(実際に那知は瞬と同学年の畠山孝之の母親であることが、後に判明する)の恋物語である。とはいえこんな50字くらいの説明では、この物語について何も語ったことにはならない。

 私は恋愛小説というものに興味が薄くて、まして自分の息子と同じくらいの若者と恋に落ちる中年女性の話などこれまでファンタジーとしか考えられなかった。が、我ながら驚いたことに本書に関しては少々違ったのである。それは、瞬の心の動きがほんとうに丁寧に描き出されていたからだと思う。瞬が初めて出会えた「漫画を読んで感じていた面白さだけじゃなくて、その底にある言葉にできない寂しさまでをもわかってくれた」相手、それが那知だったということがひしひしと伝わってくる。

 そうはいっても、私は高校生の息子の母親でもあるのだった。恋愛に年齢は関係ない→まったくその通り。好きだという気持ちは止められない→これもまた真理。圧倒的多数の親が子どもの幸せを願っている→言わずもがな。と、ここまでの前提が揃っていてなお、子どもが自分と同じくらいの年頃の交際相手を連れて来たときに”しょうがない、好きになっちゃったんなら”と何の躊躇もなく祝福できる親はどれくらいいるだろうか。私は自信が持てない。それでもせめて、きちんと話さなければと考える程度の理性は持ち合わせていられたらいいのだが(…と、ここまでが精いっぱい。自分が那知の立場に置かれるなどは、とりあえず想像の範囲外である)。彼らの恋の行方がどうなったかは、お読みになって確かめていただくしかない。ふたりの真剣さにただ圧倒されるばかりだった。

 さて、本文を読了した後にさらなる驚きは待っていた。プロフィールによれば、著者の八幡橙さんは1967年生まれとのこと。ええ〜、私と同い年なの!? こんなにみずみずしい感性を持っておられるなんて…! すっかり水分量の値が下がっていた私の心にも染みました。次回作も心よりお待ちしております(aやbみたいな話であっても大歓迎ですけど)。

(松井ゆかり)

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