Apple Arcade は我々ゲーム開発者に何をもたらすのか?(実践ゲーム製作メモ帳2)
今回はEIKI`さんのブログ『実践ゲーム製作メモ帳2』からご寄稿いただきました。
Apple Arcade は我々ゲーム開発者に何をもたらすのか?(実践ゲーム製作メモ帳2)
「Apple、Apple Arcadeを発表 – モバイル、デスクトップ、リビングで楽しめる世界初のゲームのサブスクリプションサービス」2019年3月25日『apple.com』
https://www.apple.com/jp/newsroom/2019/03/apple-introduces-apple-arcade-the-worlds-first-game-subscription-service-for-mobile-desktop-and-the-living-room/
Apple Arcade が話題だ。ユーザにとっては念願の遊び放題サービス、しかも従来の「散々遊びつくされた過去作が放流されるサブスクリプション」ではなく、完全新規・独占タイトルが多数用意されているのだから、コアなゲームユーザにとっては垂涎モノの新サービスと言うほかない。
一方でぼくなどは天邪鬼なのでこうも歓迎ムードで迎えられると逆張りしたがる愚かな生き物であり、実際 Apple Arcade には Twitter で散発的に書いているように幾つかの重大な懸念点が存在する。大体の個人開発者は Apple の審査や規約周りにに苦汁を舐めさせられているので、皆いまいち信用できないんだろうなあという空気も節々から感じている。
実際にどう運ぶかはリリースされ、一年ないし二年程度経たないと分からない部分も多いのだが、ゲーム開発者という視点からこの Apple Arcade が何をもたらすのか、メリットデメリットを並べてみたいとおもう。※1
Apple Arcade のメリット
新たなマーケットが生む第三の販売形態
旧来の販売形態とその欠点
第三のマーケット、第三の販売形態
Apple の意志。良質な有料ゲームが再び復権するか?
Apple Arcade のデメリット
プラットフォームが力を持ちすぎる。
選ばれなかったゲームはどうなるのか?
ゲームの価値は本当に維持されるのか?
業界の外にゲームが広がっていくか?
まとめ
Apple Arcade のメリット
新たなマーケットが生む第三の販売形態
旧来の販売形態とその欠点
全てのゲームは大別すると二つに分かれる。一つは買い切りの有料ゲーム、もう一つは基本ないし完全無料ゲームだ。それぞれがどういう形態の製品であるかは、既にみな理解して久しいだろう。
商品があり、そこにお金を払う古来からの仕組みを持つ買い切りゲームに対し、無料ゲームは何の対価を払うこともなく始めることができ、またかなりの部分を無料で遊べるので、必然的にユーザ数が多くなる。ブラウザゲームから始まったこの潮流はいまやスマホゲームの大部分を占め、基本無料に広告と課金要素※2が付いたフリーミアムモデルのゲームが主流であるといえる。
しかし、このモデルには大きな欠点がある。マネタイズだ。広告や課金アイテムでガメつくマネタイズしなければフリーミアムモデルのゲームは売上を上げられず、この間サービス停止したテクテクテクテクのように、マネタイズが上手くいかなかったために打ち切らざるをえないゲームは多数存在する。
この「マネタイズ」は、ゲームの形態を大きく制限する。例えば、育成ゲームや、オンライン要素のあるゲームは時短やスキンといった主要要素で違和感無く課金させることができる。デジタルカードゲームやソーシャルゲーム全般のように通常プレイと課金プレイで大きく差を設けてアイテムを購入させるものも多数存在する。一方で、一人用のアクションゲームやシューティングゲームのようなものだとどうにも相性が悪い。スキンを買う必要性は薄いし、頻繁な広告はプレイヤーを辟易とさせるのだ。
フリーミアムモデルにおけるゲームの売上はゲームコンテンツそのものの持つ娯楽性や面白さとは関係なく※3、いかに金を払わせるか、いかに広告を見せるかというところに終始する。その極地がハイパーカジュアルゲームだ。勿論これを否定するわけではないが、マネタイズに縛られないゲームを作りたい開発者も居るだろう。しかし、買い切りの有料販売に切り替えた瞬間、DL数は格段に落ちる※4。これがゲーム業界における販売形態の現状だ。
第三のマーケット、第三の販売形態
しかし、Apple Arcade の打ち出した方策はこのいずれにも当てはまらない。いわば、第三のマーケットである。Apple Arcade の全てのゲームは広告や課金アイテムがなく※5、ゲームコンテンツの中身は完全に買い切りゲームのそれである。それでいて、プレイヤー数は Apple Arcade の抱える何百、何千万というユーザがその候補となる。まさに良い所取りだ。Apple Arcade のプレイヤーはフリーミアムのゲームと同じような気軽さでゲームをDLし、その対価を漏れなく開発者に支払うのである。
Apple の意志。良質な有料ゲームが再び復権するか?
Apple のリリースを見る限り、それら良質なゲームに対する Apple の本気度は確かだ。著名なタイトル、著名なクリエイターに支援し、100を超えるゲームのラインナップをローンチに備えている。市場原理によって歪な形に進んでしまったゲーム業界全体を是正し、正しい姿に戻そうとしているのかもしれない。あるいは単純に広告モデルのゲームは Apple にとって全く旨味がない※6ので、根こそぎ消したいのかもしれない。
Apple の意志を信じるなら、ゲーム開発者たちは自らを蝕んでいた広告やサーバ通信の実装から解放され、その労力をゲームの本当に面白い部分や、コンテンツのボリュームに注ぎ込むことができるだろう。そして、多くのユーザの心に残るのはそうした閉じた世界の絶対的な体験なのである。
Apple Arcade のデメリット
しかし、そう楽観ばかりしていては居られない。Apple は所詮1企業であり、神でもなければ慈善事業でもない。Apple Arcade の仕組みが要は囲い込みであることは誰が見ても明らかだし、現状の Appstore を見る限りその絶大な力は必ず良くない影響を開発者たちに及ぼすだろう。
プラットフォームが力を持ちすぎる。
はっきり言おう。Apple Arcade の登場によって、Apple は Apple Arcade 以外のゲーム市場を維持する理由がなくなる。
何故なら、Apple Arcade は既存のゲームマーケットと競合するもの※7であり、また Apple Arcade の月額がいくらになるかは分からないが、Appstore の平均的なユーザが月にその3.33倍※8の価格のゲームを購入していない限り、Appstore ではなく Arcade のユーザになってくれたほうが圧倒的に得だからだ。
Apple はあの手この手で Arcade に加入させようと迫ってくるだろうし、優良なコアゲーマーから奪われていくのでメーカーも Arcade でのゲーム出品を検討せざるを得ない。サブスクリプションモデルではコンテンツがどれほど増えようと Apple のコストは増えないし、メーカーの売上はどんどん減って行くので、かくして巨大な Winner と大多数の Loser という構図が見事に完成する。
選ばれなかったゲームはどうなるのか?
Arcade 市場原理に即さない買い切りモデルであったがために埋もれてしまった優良なゲームを救うのは良い。とても良い。
しかし、その救いの手は何人まで差し伸べられるのだろうか。蜘蛛の糸の耐久度はどれほどだろうか。そこから滑り落ちてしまった── Apple Arcade に加入できなかった買い切りゲームの販売数の落ち込みは想像に難くない。だって、優良なゲームは全て Arcade にあるし、毎月供給されるし、Arcade 以外にも無料ゲームはあるだろうし……わざわざ金を払ってまでこの枠組みの外にあるゲームを買うだろうか。なんたって、時間は有限なのだ※9。
また、サブスクリプションモデルの下では価格も均一化される。どうしても大人の事情で1000円、2000円に設定したいゲームはあるだろう。しかし、月額サービスより高い値段の単一ゲームをユーザが購入するだろうか。それらは軒並み壊滅してしまう可能性すらあるのだ。
ゲームの価値は本当に維持されるのか?
たとえ500万本売れているゲームが真横にあっても、あなたの1000円のゲームが10本売れれば1万円だ。100本売れたら、副業くらいにはなるだろう。しかし、サブスクリプションモデルでその希望は薄い。
既に世の中に存在する似たようなモデルがカラオケボックスである。これは歌われた回数によって著作権料の分配額が決まるものの、全国で一年の間にたった一回歌われた曲に著作権料を支払うのはコストが高いため、足切りラインが存在する※10。ある程度歌われないと、一銭も入ってこないのである。
サブスクリプションモデルにおいて、コンテンツの価格は極端に下がる。市場原理だけでドライに見れば、Apple や Google にゲームの価格を維持する動機はなく、100円でも安い方がいいし、今回のサブスクリプションモデルでもコンテンツとユーザ数の増加が利益を最大化する。Apple Arcade の思想としては良質な有料ゲームのマーケットを築くことだし、ユーザもそれを望んではいるが、思想はあくまで思想であり、ルールではない。現状の Appstore が内包する酷くクオリティの低い作品群を見ると、Arcade がそうなるのも時間の問題かもしれない。
そうなった時、Apple Arcade の構造は不可逆である。ゲームの価値は毀損され、元のマーケットも壊滅状態である。メーカーが一斉にボイコットするか? 昨今のマーケットの取り分30%への反抗の流れを見る限り、腰は大分重そうだ。
業界の外にゲームが広がっていくか?
囲い込みが招く弊害はどの業界でも存在する。Amazon とウォルマートの争いの外で、数多の小売が滅びている話は米国では社会問題化している。食料品や、アパレルや、音楽、映画でも。枚挙に暇がない。
ゲーム業界はそもそも娯楽という点で可処分時間を他の娯楽と争う業界であり、ライバルは他社ではなくレジャーやスポーツ、そして他の嗜好品である。閉じた業界でコンテンツを取り合い、共に滅んで行く姿は誰も二度と※11見たくないだろう。メーカーはメーカー同士、プラットフォームはプラットフォーム同士、争うのではなく手を取り合って業界の拡大を目指さなければならないのだ。
まとめ
以上、夢のある話もあれば、恐ろしい話もした。
重要なのは Apple があくまでリリースにおいて述べた崇高なる目的、すなわち良質なゲームを支援し、市場に取り戻すことを徹底的に実行し、市場原理に揺さぶられることなく、また業界の外に対しても開かれた運営をすることである。短期的な利益だけを得ようと思ったら簡単に悪用できるし、かつそれは業界全体に大きな傷痕を残すことになるだろう。
なんにせよ、ゲーム業界は引き続き激変の時代を迎えていく。そしてただ不変なものといえば、我々がゲームを作り続けなければならないことだけだ。
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※1:ユーザー視点?最高に決まってるだろ、そんなの!
※2:課金という間違った日本語は既に常用語になってしまったようだ。本来課金するのはサービス側であり、金を納める我々は納金が正しい。
※3:もちろん面白くないゲームは流行らないので、全く関係ないということはないが、ここではあくまでそのマネタイズ方法の特殊性を指摘している。
※4:どのくらい格段かというと、二桁か三桁くらい違う
※5:追加コンテンツはあると思うが、恐らくガイドラインで厳しく律されることだろう
※6:実際、課金アイテムがないと Apple の収益はゼロでサーバ維持費だけが掛かっていく。過激な表現をするなら、有料ゲームの売上は無料ゲームに取られていると言ってもいい。
※7:この点が最も従来のサブスクリプションサービスと違う所だ。他のサービスは時間が経ちコアユーザが遊び終わったゲームを遊べるものであり、メインマーケットと競合することはなかった。
※8:Apple の取り分は30%なので。例えば Arcade が月額1000円なら、月3333円以上費やすユーザが加入して初めて損をする計算になる。
※9:そう、これからの文化的時代は金銭ではなく、人々の可処分時間を奪い合って争うようになる。時間というリソースは何物にも変えがたい。
※10:厳密に言えば、多少の揺らぎはサンプリングの範囲に含まれない。
※11:そう、勘のいい人ならお気づきかもしれないが、2000年代の日本のゲーム業界はまさにこの状態であり、外の人間を大きく取り込んだ Wii がその状況を打破した。
執筆: この記事はEIKI`さんのブログ『実践ゲーム製作メモ帳2』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2019年5月6日時点のものです。
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