「“結婚=幸せ”と言うけど、私はどうしてもそう思えない」体は別々でも心はひとつ!? 孤立無援に追い込まれた姉に忍び寄る足音 ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~
「どうか今日だけは…」何事もなかった男女が迎えた初めての朝
想いを遂げることなく、添い寝で終わった薫と大君。いつの間にやら夜は明け、馬のいななきや、薫のお供が起きて合図をする声が聞こえてきます。
薫は朝日が差す方の障子を明けて、美しい明け方の空を見ました。大君も素直にそばへ寄ってきます。次第に明るさが増す中で寄り添うふたり。美男美女でお似合いです。
「たとえなんでもなくても、ただこうして一緒に月や花を愛でて過ごせたらって思うんですよ」。打ち解けた様子でこういう薫に、大君の心から恐怖が消えていきます。彼女にとっては生きた心地もしない、ドキドキの夜でした。
「こんな風に直接ではなく物ごしにでしたら、私もまったく心の隔てをおかずにお話できるのですが」。すっかり外は明るくなって、鳥たちが飛び立つ羽音にお寺の鐘が微かに響き始めると、すべてがあからさまになるようで大君は男性と朝まで過ごしたことが恥ずかしくなってきました。
「どうかもう、お出でになって下さい」と頼む大君に「まるで事あり顔に朝露に濡れて帰るわけにはいきません。人がなんと言うか。僕たちの間にたとえ何もなかったとしても、ここは普通の男女のように振る舞って下さい。ここまで来ても僕が信じられないのですか」。
なかなか出て行きそうにない薫に手を焼いた大君は「わかりました。今後はあなたの仰るように致しましょう。でも今朝は、どうか私のお願いを聞いて下さい」。薫は名残惜しさに後ろ髪を引かれ、今まで気長に過ごしてきた自分の悠長さを悔み、帰りたくない気持ちでいっぱいです。
「彼は立派、だけど……」結ばれることをためらう彼女の本音
大君はすぐに横にもなれず考え込みます。(女房たちはどう思っているだろう。何かにつけ結婚、結婚と言う人たちだから、このままだと逃げられなくなりそうだわ。
薫の君は嫌な方ではないわ。真面目で誠実な方。お父様も確かに自分たちの今後を頼んだそうだけれど、でも、あまりにも立派すぎて……。どうにも気後れしてしまって、私があの方と夫婦となって一緒にいる、というのがどうしても想像できない。もう少し平凡な方なら、長年の間に気が緩んで、ということもあったかもしれないけど……。
それに私が結婚すると言っても、一体誰がその面倒を見てくれるっていうの。頼るべき両親に先立たれ、残されたのは妹ひとり。だからせめて、妹の中の君には人並みの幸福を掴んでほしい。私は妹の親代わりとして、力の及ぶ限りのことをしよう……。)
何もかも恵まれたステータスと、聖人君子っぽさがウリの薫だけに、大好きな大君に親しみづらい印象を与えていたのは皮肉としかいいようがありません。ましてこちらは、由緒ある宮家とは言え長年山奥で暮らし続けてきた身寄りのない娘。素敵な人とは思うけど、あまりに出来杉君すぎてとても、と言うのも仕方ない気がします。
悩み疲れた大君は気分が悪くなり、奥へ引っ込んで妹の側で横になりました。姉が来てくれて嬉しい中の君がそっと寝具をかけてあげたその時、さあっと薫特有のいい匂いが立ち込めます。
(この匂い、うちの宿直の侍がいつぞや、薫の君から衣を頂いた時の匂いと同じだわ……!)
中の君は昨日の夜、姉の姿が見えないのを、女房たちがなにか言っていたことと思い合わせ、姉と彼が結ばれたらしいと察するも、気の毒で声もかけることもできず、眠ったふり。姉妹とは言え、気を使いますね……。
大君はその後「気分がすぐれない」の一点張りで薫からの手紙を遠ざけます。ふたりが結ばれたと思い込んでいる女房たちは、後朝の文を見ようとしない大君に影で「大人げない」とブツブツいうのでした。
「私だけ結婚なんてどうして?」姉の言葉に仰天する妹
ようやく一周忌の日程も終わり、ふたりは濃い色の喪服を脱いで薄鈍色(ブルーグレー)の衣に着替えます。大君が中の君の髪をきれいに洗ってあげると、匂うような美しさがあふれ、地味な色もかえって可憐さを引き立てるようです。
妹の花盛りの美しさに「我が妹ながら本当に綺麗だわ。これなら薫の君も好きになって下さるはず。やっぱり私は妹のために頑張ろう!」と、密かにファイトを燃やします。
困ったのは薫です。別れた時は「今度からはあなたの言う通りにする」と言ってくれたのに、今度は手紙を出しても具合が悪いとかなんとかで避けられてばかり。なんで?
待ちきれず再び宇治に赴くも、女房づてに「喪服を脱いだらまた悲しみがぶり返してきてお相手できない」と突き放され、仕方なく弁を呼んで話し込むしかありません。
女房たちは大君と薫をさっさとくっつけて上京し、いい暮らしがしたいとばかり思っているので、皆で示し合わせて薫を引き入れようと計画しています。用心深い大君は警戒し、中の君にそれとなく切り出しました。
「私はお父様の遺言を守っていようと思うだけなのに、女房たちが私を強情だと責めるので、困ってしまうわ。でも、確かに姉妹が揃って独身を貫くことはないのかもしれない。
私があなたがこの山で埋もれてしまうのがもったいなくて辛いの。だからせめて、あなただけでも人並みに結婚をして、幸せになってほしいと思うのよ。そのためだったら、どんな協力も惜しまないわ」。
中の君は姉の思いがけない言葉に「お父様はお姉さまだけにご遺言されたわけじゃないでしょう?私こそ、不出来でご心配ばかりおかけしたのに……。私はずっとお姉さまと一緒にいられればそれでいいの」。
姉同様に結婚願望ゼロの中の君。でも、まさかその姉が自分と薫をくっつけようとしているとは夢にも思いません。突然に、お姉さまは一体何を言い出すんだろう?という感じで、全然ピンときていません。
自分よりもさらに、男女のことにも結婚にも疎い妹。これ以上言ってもと、大君は話すのをやめてしまいます。なんでも話し合う仲の良い姉妹ですが、この点についてはちょっと意思の疎通ができかねる。こうなると、大君はますます孤立無援です。
「結婚=幸せ」の押し付けに追い込まれ……孤立無援で袋のネズミに
日が暮れても薫は帰ろうとせず、弁を通じてあれやこれやと言ってくるので、大君は途方に暮れます。
(一体どうしたらいいのだろう。お父様でもお母様でも、どちらかが生きていらして、そのご指示に従っての結果なら、たとえ結婚生活がうまくいかなかったとしても言い訳が立つだろうに。
ここのおばさん女房たちは年の功と言わんばかりに、薫の君との結婚だけが最高の幸せのように言い立てるけれど、私にはどうしてもそれが適切な選択のようには思えない。女房たちは自分の都合を考えて、勝手に言っているだけだわ)。
“結婚=幸せ”という安直な方程式を押し付けてくる女房たちは、今日が結婚式ででもあるかのように「いつもの、明るい色のお召し物を」などと言って、さっさと薫と引き合わせようと躍起です。しかもこの狭い山荘では、女房たちが結託すれば隠れる場所すらありません。
袋のネズミになった大君は意を決し、弁がこちらに出てきた時に改めて、自分にはまったく結婚の意思がないこと、父の遺言を守るなら、妹の中の君と結婚してほしいことを伝えます。「私と妹は体は別々でも心は一つです。ですから、同じ心を持つ妹の方に、あなたの愛情を分け与えてください」。
真面目な薫なら、たとえパッとしない相手でも見捨てたりしない。ましてや私の妹はこんなに可愛いのだから、きっと気に入ってくれるはず。私にいつまでもこだわり続けるのは、あっさり乗り換えるような男だと思われたくないからだろうと踏んだのです。
しかし、すっかり薫の味方についた弁は「中の君さまには匂宮さまがご興味をお持ちですから、それを裏切ることはとても無理だそうです。
それにしても結構なご縁ではありませんか。あなた様と薫の君、中の君さまと匂宮さま。たとえご両親が揃った立派な家の姫君でも、こんな良縁とは巡り会えるものじゃございませんよ。どんなに高貴のお生まれでも、ご両親に先立たれ、不本意な結婚をする例は昔から枚挙にいとまがありませんもの。
ましてや、こんな理想的なご縁がまたとあるでしょうか。僭越ながら、このような生活をいつまで続けられるおつもりなのかと、私達女房も先行きが心配でなりません。たとえご出家されるにしても、雲や霞を召し上がって生きるわけにはいきませんし……」。
ズケズケと言い募る弁に大君はすっかり心を閉ざしてしまいます。たしかに弁の言うことは、現実的に考えてそのとおりなのですが、誇り高い大君はそんなことの前に折れたくはなく、いよいよ一人で抱え込んで泣くばかりでした。
「不本意だけど案内してくれ」遂に姉妹が一緒に休む寝所へ
さて、薫は弁をはじめ、女房たちが大君と自分をくっつけようとしているのを察しても「僕は大君の気持ちを重視したい。忍びやかにこっそりと、いつからともなく始まったようにしておきたいし、彼女の気持ちが解けないのなら無理をしない」という気持ちでいました。
でも、戻った弁から再び大君の意向を聞くと、「どうしてそんなに僕との結婚が嫌なんだろう、これも俗聖の父君のもとで育ったからなのか?」と首を傾げたくなりますが、自分にも世の無常をはかなむ気持ちがあって、だからこそずっと独身だったわけだし、ここでも彼女との共通項を見つけた気がして、嫌なふうには思えません。
でもこうしてしても埒が明かないので「物ごしにすらも会ってくれないなら仕方ない。不本意だけど、お休みのところに案内してくれ」と、女房たちの敷いたレールに乗り、寝所に迫る決心をします。
しかしここで問題が。姉妹はいつも一緒に寝ているのです。
弁はその点がちょっと引っかかりましたが「おふたりが一緒のところに案内するのもどうかと思うけど、今夜だけ別々になって下さいというのも変だし。薫の君はおふたりを見知っていらっしゃるから、まあ大丈夫だろう」
と、忍び足で薫を案内します。
まだ夏の気配の残る夜。風が強くなり、古い山荘のあちこちがギシギシと鳴っています。よく眠っている中の君に柔らかで綺麗な衣をかけてあげつつ、薫の動向が気がかりな大君は、妹から少し離れて横になりました。そして眠れぬままに、明らかに風の音とは違う足音を耳ざとく聞きつけます。さあ、どうする?
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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