進む方向がはっきりと分かれてきた中国IT御三家BAT(中華IT最新事情)

進む方向がはっきりと分かれてきた中国IT御三家BAT

今回はtamakinoさんのブログ『中華IT最新事情』からご寄稿いただきました。

進む方向がはっきりと分かれてきた中国IT御三家BAT(中華IT最新事情)

pwc中国が「中国小売業の新展開:バリューチェーンの全面的なデジタル化*1 」を公開した。これによると、消費者はモノの購入から購入体験を楽しむことに変化し始めており、アリババの新小売はその変化をうまく捉えている。百度はウェブサービスに軸足を置き、テンセントは全方位と、BAT3社の方向性の違いが明確になってきている。

*1:「《全球消费者洞察调研2018》中国报告(PDF)」『PwC China』
https://www.pwccn.com/zh/retail-and-consumer/global-consumer-insights-survey-china-report.pdf

新小売は、ECと店舗小売の融合

アリババが提唱している「新小売」(ニューリテール)のことを、テクノロジーをふんだんに利用した新しい小売形態の総称であると誤解している人は多い。例えば、よく話題にのぼる無人コンビニは、単なる店舗小売の無人化であり、新小売ではない。

アリババのジャック・マー会長は、テクノロジーの進化により、今後30年で5つの領域が大きく変わると言っている。その5つとは、「小売」「製造」「金融」「技術」「資源」だ。小売の分野ではECと店舗小売の融合が起こるとした。このEC小売と実体小売が融合したものが「新小売」だ。

その好例が、アリババが運営する新小売スーパー「盒馬鮮生」(フーマフレッシュ)だ。店舗でも販売をするが、半径3km以内にはスマホ注文で30分以内の宅配をする。すでに6割がスマホ注文になっていて、店舗は販売所というよりはショールームと倉庫の機能が強くなっている。

20年前から議論されているECと店舗小売の融合

1995年、米国でアマゾンがオンライン書店を始めた時に、すでにクリック&モルタル問題がクローズアップされている。これは、オンライン店舗と実体店舗をどのように効果的に融合するかという問題だ。

多くのメーカー、小売企業が「クリック」(EC)と「モルタル」(店舗)の両方に商品を流通させているが、この2つは常に相反し合ってしまい、相乗効果をもたらしているとは言えない。

今、ごく普通の街中に路面店をオープンして、一定の売上をあげられるほどブランド力のある企業はごく限られている。一般のブランドは、ショッピングモールに入居をして、集客をしてもらわないことには目標売上を達成できない。

多くのモールは、各テナントの売上の一定割合を家賃、運営費として徴収している。安全のため、毎日各テナントの売上金を回収、一括保管をして、一定割合の家賃、運営費を差し引いて、売上金をテナント企業に振り込む。つまり、各テナントの売上が下がると、モールの収益も減るので困るのだ。

そのため、モールは「店舗のショールーム化」を警戒している。家電量販店などは、その場で現物を確かめ、価格を確認の後、手元のスマホからECサイトで注文されてしまう。モール運営企業は、店舗のショールーム化を積極的に進めるテナントは避ける傾向にある。モールのテナントは、EC売上を上げる積極策が取りづらいというおかしなことが起きている。

フーマフレッシュは、原則直営店なので、こういった問題から解放され、積極的にEC売上をあげていく施策が取れる。限られた店舗面積で、売上をさらにあげていくにはEC売上が大きく寄与をしてくれる。アリババは、1995年以来、小売業界が頭を悩ませていたクリック&モルタル問題に、初めて効果的な解答を示した。

中国EC

▲中国ECは巨大市場のように見えるが、店舗販売の実体小売はECの5倍から6倍の規模がある。ECはいかにして実体小売を取り込むかが成長の大きなカギになる。単位は億ドル。

ECが成長するためには食品に参入する必要がある

EC売上は急成長をしているが、それでも小売の市場規模全体から見れば、全体の1/6程度でしかない。実体小売の方がはるかに広大な市場なのだ。

商品別にEC小売の浸透率を見てみると、想像通り、電子製品や家電製品の浸透率が高い。現物を見なくてもスペックと価格の情報だけで購入を決めることができるからだ。また、服飾品の浸透率も伸びている。ファストファッションが広がり、やはり現物を見なくても、色、スタイル、サイズ、価格の情報から購入を決めることができるようになったからだ。

一方で、化粧品は浸透率がさほど高くない。使いなれた化粧品のリピート買いにはECは便利だが、知らない化粧品はやはり現物を見て確かめたいからだ。同じ理由で食品の浸透率も低い。特に生鮮食料品は、鮮度の個体差が大きく、信用できるスーパーに足を運んで、現物を見てから買いたいという心理が働く。

フーマフレッシュはこの問題も解決した。店舗をショールーム化することで、現物を見て生鮮食料品の質に対する信頼感を生み、しかも、自分で持って帰るのは重たいという心理をついて、スマホ注文宅配に誘導をしている。生鮮食料品のEC浸透率は10%以下なので、実体小売市場はECの10倍以上ある。フーマフレッシュは、この広大な市場を新小売戦略で取りに行っている。

また、嗜好品も浸透率が低い。嗜好品の場合、買い物をすること自体がエンターテイメントになっているので、ECになじまないのだと思われる。

種類別のEC浸透率

▲種類別のEC浸透率。想像通り、電子製品や服飾品はEC比率が高い。一方で、食品と嗜好品はEC浸透率が低い。ECが成長をするには、食料品をどうにかして扱わなければならない。新小売は、この課題に対するアリババの解答だった。

イノベーターほど消費体験そのものが娯楽化している

pwcでは、消費者を、新しい商品に対する反応速度から「イノベーター」「マジョリティー」「ラガード(保守層)」の3つに分類をして調査をしている。中国の消費者の場合、イノベーターは21%、マジョリティーは52%、ラガードは27%になる。

興味深いのは、それぞれの消費者別に尋ねた「EC購入をする時に参考にするメディア」だ。イノベーターは映像共有サイトやブログが高く、マジョリティーはECサイトが高く、ラガードは価格比較サイトが高い。

ラガードの場合、消費は業務に近い作業になっている。価格と性能が最も気になるポイントであり、最高性能の製品を最低価格で購入し、消費の効率を高めようと考える。しかし、イノベーターの場合、消費は娯楽になっている。映像共有サイトやブログを参考にすることが多いのは、インフルエンサーが動画やブログで商品の紹介をするからだ。イノベーターはそれを見て購入を決める。面白い商品や、自分の信頼するインフルエンサーと同じ商品を購入する。モノが欲しいというよりも、購入体験を楽しみたいと考えるようになっている。

メディア参考

▲消費者の新製品に対する感度別に、EC消費をするときに、どのようなメディアを参考にするかを尋ねたもの。最も感度の高いイノベーターは映像共有サイト、ブログを参考にすることが多い。商品選定を娯楽のひとつとして楽しんでいることがうかがわれる。一方、保守的なラガードは価格比較サイトの利用率が高い。ラガードにとって、消費は「いかに安く買うか」が極めて重要なのだと思われる。

店舗は買い物の場所ではなく、娯楽の場所になっていく

新小売は、このような消費者のモノ志向から購入体験志向への変化にも対応しやすい。フーマフレッシュでは、レストランが併設され、販売されている食材を使った料理が提供される。消費者に対するプレゼンテーションが目的なので、価格も安く抑えられている。また、週末になると店舗ではさまざまなイベントが開催される。これで集客をして、商品の質を知ってもらうのが目的だ。

週末に家族でフーマフレッシュの店舗にやってきて食事をとり、イベントを楽しむ。帰り際に必要な食料品をスマホから注文し、家に着く頃に届くというパターンの人が増えている。

中国IT御三家BAT

▲中国IT御三家BAT(百度、アリババ、テンセント)の系列会社の各領域での企業価値シェア。アリババは「ECサイト」「外売」「スマホ決済」「物流」で圧倒的で、明らかに新小売の方向性を打ち出している。百度は検索サイトが強くウェブサービスに特化をしている。テンセントはアリババと百度の両方の領域をカバーしている。

消費者の変化を先取りしたアリババの新小売
中国IT企業の三巨頭BAT(百度、アリババ、テンセント)の各分野での傘下企業の企業価値の割合を示したグラフでは、「ECサイト」「外売」「スマホ決済」「物流」という新小売に必要な分野で、アリババが圧倒的に強いことが目に付く。テンセントも対抗しているものの押され気味だ。一方、百度は主軸の検索サイトでは圧倒的なものの、その他の分野では苦戦をしている。

新小売は、ECサイトの5倍以上の市場がある実体小売に、IT企業が参入する強力な戦略だ。IT企業のさらなる成長が期待できる。アリババはその新小売に目標を定め、着々と成果を出し、テンセントがそれに追従し、百度は手をこまねいているという形だ。百度は自動運転車の開発に注力をしているので、アリババやテンセントとは違う方向を目指し始めているのかもしれない。

BATの中国IT御三家は、明らかに別の道を歩み始めている。百度はウェブサービスに軸足を置き、アリババは新小売に軸足を置く。テンセントは、百度とアリババの両方の領域をカバーしようとしている。

 
執筆: この記事はtamakinoさんのブログ『中華IT最新事情』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2019年3月19日時点のものです。

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