「人とは違った星の下に生まれたと思って この山で一生を終えるものと覚悟なさい」揺れ動く父の矛盾した言動! 突然の別れに打ちのめされる姉妹の姫~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

順調出世も虚しい…貴公子の多忙な毎日

楽しい春の行楽から更に半年後、薫は中納言に出世しました。23歳にしてはや中納言、公務は一層忙しく、立派な立場になります。その裏で薫の悩みは深くなる一方です。

出生の秘密を知ってしまった今、罪に苦しみながら死んでいった実父・柏木。「自分の成長を他人としてでもいいから見たい」と望みながら亡くなった無念が思いやられ、密かに供養などもしてあげたく思います。また、この重大な秘密を抱え、長年さすらってきた弁の君のこともいたわってあげたく、人目につかぬように何かと心遣いをしています。

こうして直接宇治に行けぬまま、季節はすっかり秋。とても久しぶりに山荘を訪れると、八の宮はいつも以上に大喜びして出迎えました。しかし、彼の口から出た言葉は、不安に満ちたものばかりでした。

「あとは若い人たちで…」娘たちを呼び出した父の真意

宮はあれこれと話をしたあとで「もし私になにかありましたら、どうか娘たちを、何かの折には見舞ってやってください。どうかお見捨てにならないで欲しい。本当に女の子というのは心配なもので、ある程度は運命に従うより仕方がないとは思いつつ、気がかりでならないのです」。

薫は「はい、以前もそのようなお話を伺いましたが、お二人のことは決して疎かには致しません。この世に未練を持たぬようにと妻帯もしておりませんので、何かと頼りない我が身ですが、私のいる限りは姫君たちをお守りいたしますから」。

薫からもう一度こう言われ、宮は嬉しく思うのですが、何を話しても話題は結局娘たちの今後のことにループ。そしてついにはふたりを呼び出し、薫に琴の音を聞かせるよう促します。それも前回とは違い、宮自身がふたりの部屋に行ってせっつく有様です。

ふたりは仕方なく、ほのかに箏の琴をかき鳴らしました。宇治の初秋に響くしみじみした音色、興が乗ればセッションでもという所ですが、娘たちはそれ以上打ち解けようとはしません。

やがて宮は「私は仏間で勤行をするので、あとは若い人たちでどうぞ。何やらもうあなたにお目にかかれないような気がして、あれこれ愚かなことばかり申し上げました」と言って退場。まるでお見合いの席の仲人さんみたいです。

暗に「娘たちとの接触を許す」という宮の真意を感じ取っても、薫は急いでモーションをかける気にはなれません。とはいえ、完全にプラトニックを貫けるか? と言われるとそうでもないような……。

我ながら変わった男だな。もし、他の誰かと結婚したらすごく残念で、平静ではいられないだろう。匂宮も忘れずにお便りを寄せているようだし……)。

孤独な薫は何よりも、心の交流を望んでいました。四季折々の花や紅葉を愛で、さりげない言葉を交わす、本当に心を開いて付き合える相手との時間を。

父を知らず、母も兄(夕霧)も遠い存在、親友の匂宮にも本心は決して明かせなかった薫が、初めて打ち解けることのできた八の宮。その奥ゆかしい姫たちと知り合って、恋愛や結婚がむなしいものとばかり思われてきた薫の心にも変化が生まれ始めています。

弁の君と話し込み、一晩を過ごした薫は「宮中での行事が落ち着きましたらまた伺います」と帰京。一方、匂宮も「宇治で紅葉狩りをしたい」と計画しつつ、こちらにラブレターを送りつづけています。担当の中の君は(本気ではないのだろう)と考え、それなりの返事を返していました。

邸内をウロウロ、厳重注意…いつもと違った様子に娘たちは

秋が深まるにつれ、宮の不安はますます募るようです。「こんな心の落ち着かない時は、いつものように静かな山寺で念仏を唱えることに集中しよう」と思いたち、娘たちに言いました。

「この世のこととして、いつか永遠の別れがくることは避けようのないことだが、これといった後見人もなく、頼るべき人のないそなたたちを残していくのが誠に辛い。

でも、だからといって軽薄な男の甘い言葉にほだされて、この山里を離れるようなことはならぬ。恥ずかしいスキャンダルの的になり、非難を受けるようなことは、私だけでなく、亡くなった母上の名誉も傷つけるということを忘れてはいけないよ。

ふたりとも、人とは違った星の下に生まれたと思って、ここで一生を終えるものだと覚悟なさい。光陰矢の如し、心静かに過ごしていればあっという間に月日は経っていくものだ。くれぐれも身を慎むように」。

自分たちの今後について具体的に考えたこともなく、ただ(もしお父様がいらっしゃらなくなったら、片時も生きていられない)とばかり思っている娘たちは、突然こんな事をいい出され、とても心配になります。

宮のいつもと違う行動は更に続き、山荘内をくまなく歩いてあちこちをチェックしたかと思えば、感慨深げに涙ぐんで仏様に手を合わせ、そして年配の女房を呼んで、娘たちの身の上に不祥事などが起こらないようにと口を酸っぱくして注意。

そして出立の朝は「私が留守の間、気持ちだけは明るく持って、音楽などをして楽しく過ごしなさいよ。何事も思うに任せぬのが世の中だ、深刻に思いつめてはいけないよ」と、振り返りつつ出ていきました。いや、不安にさせているのはお父さんだよ!

明るく過ごせと言われたって、ここ何日間かどうも挙動不審だった父にさんざん心配させられた姉妹は、ますます落ち着かなくなるばかり。

寝ても起きても話し合うのは「もしも、姉妹のどちらかがいなくなったら……」とか「こんな今も将来もわからないような世の中で、もし離れ離れになったりしたら……」と、冗談も本気も入り混ぜて、笑ったり泣いたりしつつ過ごします。

急な体調不良で下山中止!不吉な予感に苛まれる姉妹

山ごもりの日程も終わり、八の宮が帰ってくるのは今日か明日。ふたりが心待ちにしていると、使者だけが戻ってきて「宮さまは今朝がたからお風邪を召されたようで、ただいま手当を受けられております。「いつも以上にふたりに会いたいよ」とおっしゃっておいでです」

娘たちは不吉な予感に苛まれながら、慌てて暖かい着物などを山寺に届けさせます。女人禁制なので、ふたりは直に看病に行けないのです。が、数日経っても良くならない様子。使者に確かめに行ってもらうと「特にどこがどうというわけではない。もう少し良くなったら頑張って下山しよう」

つききりで看病をしてくれているあの阿闍梨は「大したことのない病のようでもありますが、もしかするとこれが最期でいらっしゃるやもしれぬ。姫君たちの未来をお嘆きなさるな。俗世との執着は立たねばなりません」と、下山には反対。

娘たちは心細さに震えながら、父が帰ってくるのを待ちました。しかしついに8月20日(旧暦)過ぎの明け方、寺の鐘が微かに響き「宮さまが亡くなられた」との知らせが……。ふたりはショックのあまり涙も流せず、ただ眼の前が真っ暗になったようで、呆然と打つ伏してしまいます。

枕元で看病していたのならいざ知らず、でかけ先でそのまま亡くなってしまったので、ふたりの嘆きは計り知れません。こういう突然の別れは本当に辛いですね……。

最期の対面に猛反対!高僧が無慈悲な判断をした理由

父宮との突然の別れに、姫たちは「亡くなられていてもいい、最期にひと目お別れがしたい」と切望します。

ところが阿闍梨は「その必要はございません。宮さまにも俗世との執着を断つべく、下山なさらぬよう申し上げていたのですから。お亡骸と対面されても余計なカルマが作られるだけです。どなたのためにもなりません」とキッパリ。以前から宮に遺言されていた通りにすべてを執り行います。

阿闍梨の言い分は僧侶としては正しいことなのでしょうが、ふたりにとって阿闍梨の言葉は無慈悲なものにしか聞こえず、憎いやら恨めしいやら。ましてや長年出家の志がありながら、ふたりの娘のために在俗を通した八の宮の心残りたるや、いかばかりかというところです。

薫も宮の突然の死を知り「もう一度ゆっくりお話したかった、まだまだお話したいことがたくさんあったのに!」と、激しく泣きます。あの時「もう会えないかも知れない」などと仰ったのは、死期を悟っておられたせいなのかと今更に悔しく、なかなか宮の死を受け入れることができません。めちゃくちゃフラグを立てまくって逝ってしまった八の宮です。

それでも薫は阿闍梨にも、姫君たちにも弔問の品々を贈ります。普通に親に先立たれたのでさえ心の底から悲しいものを、男手一つでここまで育った娘ふたり、何につけても頼みにしていた父親に先立たれてどれほど気を落としていることか。

薫は父の死に打ちのめされた姫たちを思いやり、引き続き法事の手配などをするのでした。姉妹に対してこんな気遣いをしてくれる人は他になく、悲しみに沈みながらもふたりは心遣いをありがたく思います。

大君、中の君にとってはもちろん、薫にとっても父親代わりのような存在だった八の宮の死。薫に娘たちを託したい一方で、男に騙されて不幸な目に遭うのはいけないと厳しく言いおいたりと、複雑な胸中を垣間見せていました。それは矛盾しつつもどちらも正直な気持ちだったのではないでしょうか。

父を失い、絶望する2人の娘たちとそれを見守る薫。まるで朝など来ないような、真っ暗な日々が続きます。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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