「命があれば他人としてでも我が子の成長を見守れたのに……」時を超え父から息子へわたされた手紙! ついに明かされた出生の秘密~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~
「山奥に思いがけない美人が」遊び人の好き心を煽ってみた
せっかく宇治まで行ったものの、八の宮には会えずじまいだった薫。そのかわり、月明かりの下で美しいふたりの姫を見、自分の出生の秘密の手がかりをつかみます。帰京した薫は真面目な内容のお礼の手紙をし、姫の返信の上品さに心が惹かれます。
山寺から降りてきた八の宮に女房がやり取りを報告すると「いや、あの方はとにかく普通の人とは違っていらっしゃるから。お手紙も色恋めいたものでもないし、失礼のないように」。手紙の他にもお寺に生活用品などを贈ったので、八の宮はこれにも感謝の意を伝え、薫自身も今度こそお会いしようと再び宇治行きを計画します。
その前に、匂宮が(山奥に思いがけない美人が住んでいたらさぞ興味深いだろう)と冗談半分で言っていたのを思い出し、ちょっと好き心を煽ってやろうと思います。世間話のついでに宇治の姫の話を詳しく話すと、案の定、宮は身を乗り出して来ました。
遊び人の宮はまんまと薫の術中にハマりながら、皇子という身分柄、気軽に宇治に行けないのが歯がゆいばかり。
でも、そこらへんの女には興味を示さない薫が、こうまで身を入れて言うのだから、これは大当たりに違いないと直感します。「オレの代わりによくよくその姫たちの様子をチェックしておいてくれよ! いつか絶対、オレも宇治に行く!」。
薫は想定通りの宮の反応を面白がりながらも、心の中では一点、あの弁という女房が漏らした秘密のことばかりが気になって、美人のことどころではありません。
父の心配に同情……明言を避けた“微妙な口約束”
晩秋のある日、薫は改めて宇治を訪問。八の宮は大喜びで土地の料理などを振る舞い、ゲストに阿闍梨もお招きして、夜通し仏道談義に熱中します。明け方一段落したところで、薫は宮と楽器をかき鳴らしながら、前回聞いた姫たちの合奏をほのめかします。
「まったくどこでお聞きになったのやら。筋は悪くないのですが、きちんとした手ほどきもしていない、気ままなかき鳴らしなのですよ」と言いながら、宮は娘たちに演奏するよう促します。
しかしふたりは(やっぱり聞かれていたなんて恥ずかしい、京の方に聞かせられるような腕前じゃないわ)と応じようとしません。薫、ガッカリ。
「人里離れて男手一つで育てた娘たちがいると、どうしても世間には知られたくなくてね。でも私もいつまで生きていられるかわかりません。ふたりの今後が気がかりで、それだけがこの世の絆(ほだし)なのです」。
薫は心底同情し「こうして打ち明けてくださった以上、特別の後見人というわけではなくても、僕の命のある限り、お二方をお守りすると誓います」。
宮はそれを聞いて「なんと嬉しいこと」と喜びます。でもこの、どちらも“結婚”という言葉を避けた、ふわっとした口約束が、あとあと姫と薫の関係を微妙にしていくのですが……。
「これはあなた様の手で」老女が手渡す秘密の物証
宮が明け方の勤行のために仏間へ移動した間に、薫は例の弁の君と面会。彼女は古びた細長い袋を持ってきて、薫に差し出しました。ずいぶん古いものらしく、カビ臭いにおいがします。
「何度も何度も焼き捨ててしまおうかと思いました。私が死んで、これがもし他人の目にでも触れたらと思うと……。でもこうしてあなた様が宇治へ立ち寄られるようになったと聞き、いつか機会があるやもと願っていた甲斐がございました」。
柏木の乳姉妹だった弁は、女三の宮の乳姉妹だった小侍従とはいとこ同士にあたり、ふたりは協力して連絡役を務めていたと言います。
「ところが、柏木さまがお亡くなりになられたあと、乳母だった私の母も後を追うように亡くなりまして。2つの喪服を重ね着るような悲しい日々を送っていたところ、長年私を想っていた身分の低い男にだまされるような形で、遥か九州にまで連れて行かれたのです」。
十数年の時が経ち、その夫も亡くなったので弁は上京。しかしまるで浦島太郎状態で、どこに身を寄せていいやら見当もつきません。
本来なら柏木のきょうだいの弘徽殿女御か、紅梅を頼って行くべき所ですが、「今更そんな華やかなお邸にはとても」と、父方の縁で八の宮の山荘へたどり着いたということでした。
弁は激しく泣きながらこう語り、次第に夜は明けていきます。彼女は最後に例のカビ臭い袋をそっと薫にわたし「これはあなた様のお手でご処分くださいまし。
命の終わりを感じた柏木さまから、小侍従に渡してくれと託されたものでございます。でも結局、小侍従には会えずじまいでしたので……。小侍従はどうしたのでしょうか、亡くなったと聞きましたが」。
「小侍従という女房はたしか、僕が5、6歳の頃、急な胸の病気で亡くなったようだ。こうしてあなたに会わなければ、大事なことを何一つ知らず罪深いことだったろう。詳しい話はまたひと目のない所で」と薫。
ここで、主人の女三の宮にもお説教していた、あの気丈な小侍従が他界していたことが判明します。つまり秘密を知る人物は、この弁の君のみ(本当は夕霧も知っていますが)。
キーワードがついに繋がり、秘密の物証まで手に入れてしまい、恐ろしくも不思議な気持ちでいっぱいの薫。一方で、弁がこの数奇な話をうっかり喋ったりしないだろうかとそこも気になります。
昨日は休みをとって宇治に来れた薫も、今日はスケジュールが目白押しです。ひとまず朝ごはんを頂いて帰京し、自宅へ戻るとさっそく例の袋を開封しました。
時を超え実父から息子へ渡った手紙…ついに明かされた出生の秘密
袋は中国の浮き織りの綾錦で、女三の宮さまに奉る、という意味なのか「上」と書いてあり、口の結び目に柏木の名が記してありました。見たいけど、見るのが怖いような、緊張の一瞬です。
中には色とりどりの薄様紙。ごく稀に届けられた女三の宮の返事です。そして、柏木の手紙は白い檀紙5~6枚に書かれていました。相当苦しかったのか、鳥の足跡のような筆跡です。
「いよいよ病が重くなり、お手紙を書くことすらままなりません。でもあなたにお逢いしたい気持ちは増すばかりです。御髪を降ろされ尼になられたと聞いたのが悲しくて
“目の前にこの世を背く君よりも よそに別るる魂ぞ悲しき”
出家されたあなたよりも、お目にかかれず他界していく私のほうがずっと悲しいのです。生まれた子のことも私が心配する筋ではありませんが
“命あらばそれとも見まし人知れぬ 岩根にとめし松の生い末”
命があれば、たとえ他人としてでも我が子の成長を見守っていくことができたでしょうに……」。
ついに力尽きたのか、手紙はここで終わっています。そして震える字で「小侍従の君に」と宛書がしてありました。
虫食いだらけのカビ臭い紙でも、筆跡だけは色褪せず、まるで昨日書かれたかのよう。薫の積年の謎は、ついに実の父・柏木の最期の手紙によって明かされたのです。
思ったとおり、僕は光源氏の実子ではなく、母の不義の子だった。そのために父は死に、母は出家したのだ。その真実を今日、こんな奇妙な形で知ってしまった……。
薫は手紙が他人の目に触れなかったことが幸いだと思いつつ、衝撃の事実に打ちのめされて宮中へ行く気もしません。いったい自分の他に誰が、こんな苦しい経験をするだろうと思いながら。いえいえ、実は冷泉院も若い頃に、まったく同じような経験をしているんですよ~。しばらく寝所から出てこれないほどショックを受けていました。
母・女三の宮の仏間の方へ行くと、彼女は無心に可愛らしく、読経をしている最中でしたが、息子が来たのを知って恥ずかしそうにそっと隠れてしまいました。
母上、僕は今日、本当の父親が誰なのか知ってしまったんですよ。証拠の手紙も見てしまったんですよ――。薫はそう伝えたい気持ちが出かかっていましたが、母の様子を見て(やっぱり母上にそんな事は言えない。真実を知ったことは、僕が胸一つに納めておけば済むことなんだ……)。
時を超え、紆余曲折を経て父から息子へ伝えられた手紙。自分の誕生にまつわる辛く悲しい事実を抱え、薫はより一層、自分の内側に閉じこもるばかりでした。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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