ガジェット通信 GetNews

見たことのないものを見に行こう
  • 『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』でカイロ・レンはどうなっちゃうの? アダム・ドライヴァーを直撃!
  • 『マイティ・ソー バトルロイヤル』女戦士・ヴァルキリーを熱演! 声優・沢城みゆき「ロキ様ファンの方お友達になってください!」
  • 『スーサイド・スクワッド』のダイバーシティを担う二人に直撃 「人間関係を構築するのに必要なこと教えよう」
  • コムアイ(水曜日のカンパネラ)インタビュー「お風呂に入った猫がシュッと細くなってしまうところが情けなくて愛しい」
  • CMのオファーが欲しい!本郷奏多の中のエンヴィー<嫉妬>炸裂!? 映画『鋼の錬金術師』撮り下ろしインタビュー
  • 注目俳優・太賀インタビュー「誰しもが漠然とした不安を抱える10代だった」 映画『ポンチョに夜明けの風はらませて』
  • キアヌ・リーヴスに“仕事の流儀”を聞いてきた! 『ジョン・ウィック:チャプター2』が本日公開
  • 『斉木楠雄のΨ難』インタビュー 佐藤二朗「橋本環奈が高校にいたら可愛すぎて男子は正気を保てないでしょ」
  • 『ゴースト・イン・ザ・シェル』のバトーさんを直撃! 原作愛がハンパなくて『イノセンス』制作を懇願するレベル
  • 『パシフィック・リム:アップライジング』監督&ジョン・ボイエガに「ぼくのかんがえたさいきょうのかいじゅう」を見てもらった!
  • 性別や年代によって楽しみ方が変わる映画『妻ふり』 榮倉奈々&安田顕インタビュー
  • 福士蒼汰&吉沢亮 2人の成長した部分とは?映画『BLEACH』撮り下ろしインタビュー
  • 『ファンタビ』大切にしたのはティナがあの場面で「嫉妬心を出さないこと」キャサリン・ウォーターストン インタビュー
  • 仲良し全開のフラッシュ&サイボーグを直撃! 自分がバットマンだったらスカウトしたいキャラは?
  • 『ミッション:インポッシブル/フォール・アウト』サイモン・ペッグインタビュー「ベンジーがイーサンに唯一勝てる場所」とは?
  • 『ブレードランナー 2049』“ジョイ”と“ラヴ”にインタビュー「SF映画は女子が観ちゃだめ? そんなわけないわ!」

体験を伝える―『ガジェット通信』の考え方

面白いものを探しにいこう 本物を体験し体感しよう 会いたい人に会いに行こう 見たことのないものを見に行こう そしてそれをやわらかくみんなに伝えよう [→ガジェ通についてもっと詳しく] [→ガジェット通信フロアについて]
ガジェ通制作ライブ
→ガジェ通制作生放送一覧

マフディーの反乱 – 英国を動揺させたスーダンの大反乱(歴ログ -世界史専門ブログ-)

マフディーの反乱

今回はtamam010yuheiさんのブログ『歴ログ -世界史専門ブログ-』からご寄稿いただきました。

マフディーの反乱 – 英国を動揺させたスーダンの大反乱(歴ログ -世界史専門ブログ-)

マフディーの反乱

(c) Defence Academy of the United Kingdom; Supplied by The Public Catalogue Foundation

現在のスーダン国家の礎となった一大蜂起事件

マフディーの反乱は現在のスーダンで1881年から1889年の間にかけて起こった反乱。

マフディー(救世主)が指導する農民主体の反乱軍は何度もイギリス・エジプト軍を退け、約18年間の間独自の統治を行いました。
しかし相次ぐ対外戦争で国力は疲弊し、イギリス・エジプト軍の巻き返しもあり崩壊。スーダンはイギリス・エジプトの統治領となります。

しかしこの時の反乱は現代のスーダン国家の基礎となり、当時の指導者マフディーは現在でも政治指導者として活躍するなど現在に受け継がれています。

1. ムハンマド・アリー朝によるスーダン制圧

19世紀前半、スーダンは北部にフンジュ・スルタン国、西部にダル・フールというイスラム系の王朝があり、南部にはディンカ、ヌエル、シルク、アザンデ、バリなどのアニミズムを信仰する諸部族が割拠していました。

イスラムを受容した北部は強大で、フンジュ・スルタン国は一時は広大な領土を持つ大国となるも、19世紀前半には内紛と外部からの介入によって衰えていました。

そんな中、ムハンマド・アリーの強力な指導の下、急速に軍と経済の近代化を図るエジプトがヨーロッパ列強の手がまだ付いていないスーダンを植民地化しようと南下します。フンジュ・スルタン国は若く勢いのあるエジプト軍の前にあっけなく崩壊し、ダル・フールも南部スーダンもムハンマド・アリーの息子イスマーイールの時代に征服されました。

エジプトはスーダンに近代的なインフラをもたらし、鉄道や河川交通による流通網の拡充、電信の敷設などが結ばれ、商品経済が急速に普及しました。

一方でエジプト支配下でこれまでのスルタンや地元の王による温情的でおおらかな統治は廃止され、近代的な税制の導入により厳密な課税がなされ人々を困惑させることになります。

またスーダンにまでやってくるエジプト人官僚はだいたい、中央から何らかの理由で除外された人間で人格に問題がある者が多く腐敗しきっており、スーダン人にエジプト統治に対する怒りが満ちていきました。

そんな中、ヒジュラ歴から1300年にあたるイスラムの世紀末の1882年、世間では神に導かれた指導者マフディーが現れて悪を打ち倒し、世に正義をもたらすという噂が広まっていました。

1820年ごろからマフディーを求める人々による大小の反乱は起こり始めていました。1820年から1823年まではケナー県でシャイフ・アフマドという男が率いる反乱が発生し、1824年には同じくケナー県でアフマド・イブン・イドリースが率いる農民反乱が発生。1865年にはアスュート県ではアフマド・タイイブという人物が反乱が発生しています。

そうして1881年、「マフディー反乱」と呼ばれることになる蜂起を起こしたのが、ムハンマド・アフマドという人物です。

2. “マフディー” ムハンマド・アフマドの登場

ムハンマド・アフマド

マフディー反乱の始まり

ムハンマド・アフマド は1844年、スーダン北部の町ドンゴラ近くのラバブ島の舟大工の家に生まれました。父は敬虔なムスリムで、影響を受けたアフマドは若くしてイスラムを学び、後に新興のスーフィー教団サンマーニヤ教団に所属して布教活動を行うようになりました。魅力的な人柄のアフマドの周辺には人が集まり、説教を行う時には多くの観衆が詰め掛けました。

1881年、アフマドは自らを「マフディー(救世主)」と宣言します。これに応え、近隣から彼に付き従う男たちが次々と馳せ参じ、不穏な雰囲気となっていきました。

エジプト当局はアフマドに出頭を命じますが応じなかったため、約200人の部隊を派遣し鎮圧にあたりました。しかしこの治安部隊は槍や棍棒しか持たないアフマドの武装勢力によって制圧されていまいます。

マフディー軍は本拠地であるアバー島からジャバル・カディールという町に移動(彼らはこれをヒジュラと呼んだ)してさらにメンバーを拡大し、エジプト軍の討伐隊をさらに打ち破りました。

マフディー軍の活躍はエジプトの圧政に憤る人々に勇気を与え、信奉者はどんどん増えていくことになります。

ヒックス隊の全滅

世直し運動から革命運動に進化したアフマドのマフディー軍反乱は、エジプト軍が駐屯する大都市を攻撃しスーダンの解放運動を進めていきます。

1883年1月にコルドファーン地方の都市エル・オベイドを落とし、エジプト軍の武器弾薬を大量に獲得し、さらに駐屯していたスーダン兵を寝返らせることに成功しました。

イギリス流の軍事訓練を受けた部隊が入隊したことで、マフディー軍は単なる反乱軍ではなく組織化された近代軍と変化してくことになります。

事態を重く見たエジプト政府は、元英領インド軍のイギリス人ウィリアム・ヒックス大佐を招集し、約9,000の遠征軍をスーダンに派遣しました。

ヒックス

ヒックスとヨーロッパ人指揮官率いるエジプト軍はエル・オベイドに攻め込むも、マフディー軍のゲリラ攻撃に悩まされ、またマフディー軍はエジプト軍にスパイを紛れ込ませ乾燥の激しい地帯に迷い込ませました。水と食料の不足に陥ったエジプト軍は疲弊。時は来たと見たマフディー軍総勢5万がエジプト軍に一気に襲いかかりました。

1 2 3次のページ
寄稿の記事一覧をみる

記者:

ガジェット通信はデジタルガジェット情報・ライフスタイル提案等を提供するウェブ媒体です。シリアスさを排除し、ジョークを交えながら肩の力を抜いて楽しんでいただけるやわらかニュースサイトを目指しています。 こちらのアカウントから記事の寄稿依頼をさせていただいております。

TwitterID: getnews_kiko

  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。
スマホゲーム タラコたたき