【「本屋大賞2019」候補作紹介】『ある男』――愛した人の過去が偽物だったとしたら?

【「本屋大賞2019」候補作紹介】『ある男』――愛した人の過去が偽物だったとしたら?

 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2019」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは平野啓一郎著『ある男』です。

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 愛した人の過去が”偽物”だったとき、自分の愛という感情が”本物”といえる自信はあるか――。平野啓一郎さんの新作小説は、そんな愛にとって過去とは何なのかを問う作品です。

 里枝は前夫との長男を引き取り、14年ぶりに戻った故郷の宮崎で大祐と出会い再婚。新たに女の子を授かり家族4人で幸せに暮らしていました。しかし、林業に従事する大祐は、39歳の若さで伐採した木の下敷きになりこの世を去りました。

 大祐が宮崎にやってきたのは35歳のとき。未経験で林業に携わり社長が敬服するほど生真面目に働く好青年でした。その素性を詳しく知る者はいなかったものの、地元に根付く文房具店の一人娘である里枝と結婚したことから、過去を詮索する者はいませんでした。

 大祐は生前、里枝には自分の素性について「群馬県の伊香保温泉にあるとある旅館の次男坊」と打ち明けていました。家族との間に確執を抱えていたといい、万一のときは「群馬の家族には絶対に連絡しないでほしい、死んでからも決して関わってはいけない」と聞かされていましたが、里枝は一周忌を迎えたとき、その忠告を破ってしまいます。

 物語は里枝の知らせを聞き、大祐の兄である恭一が宮崎を訪れてから急展開を迎えます。大祐の遺影を見た恭一は、「どなたですか?」と耳を疑うような言葉を発したのです。里枝が愛した大祐という男性は、”大祐になりすました誰か”だったのです。

 里枝の前夫との裁判の縁で、弁護士の木戸章良(あきら)が、その「ある男」の過去について調査を開始します。すると、「谷口大祐」は偽名ではなく戸籍上に存在し、彼が語った過去も事実だったことが判明。一体どういうことなのでしょうか。木戸は自問します。

 「現在、誰かを愛し得るのは、その人をそのようにした過去のお陰だ。(中略)けれども、人に語られるのは、その過去のすべてではないし、意図的かどうかはともかく、言葉で説明された過去は、過去そのものじゃない。それが、”真実の過去”と異なっていたなら、その愛は間違っているものだろうか?」(本書より)

 「ある男」とは何者なのか、ミステリータッチでその真相が描かれます。”真実の過去”にたどり着いたとき、それでも人は変わらず愛することができるのでしょうか。愛に過去は必要なのかを考えさせられる一読の価値ある作品です。

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