砂漠の「最も古い言葉」を聞く、この惑星の起源を解く

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砂漠の「最も古い言葉」を聞く、この惑星の起源を解く

「序章」で提示されるイメージが鮮烈だ。

 黒い言骨(いこつ)の森が、目の前一面に広がっている。
 十四番鯨骨街(げいこつがい)の採骨場はしばらく手つかずだったようで、予想よりずいぶん骨が増殖してしまっていた。

 あるいは、こんな文章。

 ざわり。
 にわかに骨々が蠢(うごめ)く—-かに見えた。実際には周囲の空気が揺れ、骨の森から「音」が生まれる前兆だ。
「お、始まるぞ」
 森が沸き立つ。
 それは数百数千、はたまた数万にもなろうかという、夥(おびただ)しい囁き声だった。

 舞台となるのは、砂漠の惑星。巨大な砂掻輪(さそうりん)を備えた船が、砂を泳ぐように進み、骨の森から言骨を掘りだす。言骨を原料として製造される詠石(うたいし)は、種類によってさまざまな効力を秘めている。朱色のそれは熱を発し、一般的な砂上船の「言火(げんか)燃焼機関」の燃料となる。

 主人公の青年、旗魚(かじき)は砂上船に乗って、骨を採掘する労働者として働いているが、そのかたわらで読書と調査を欠かさない。彼が目標としているのは、歴史上の最大の謎「言鯨(イサナ)」の正体を解きあかすことである。言鯨は生き物であるとも、巨大な装置であるとも言われ、砂漠の「最も古い言葉」を持っている。しかし、直接確かめるすべはない。彼らはとうの昔に活動をやめてしまっているからだ。執政機関ヨナクニの調査によると、言鯨の数は全部で十五。彼らの遺骸は、砂漠のあちこちに埋没している。

 旗魚はひょんなきっかけで、歴史学者、浅蜊(あさり)の面識を得る。しかし、その出逢いに喜んだのもつかの間、浅蜊が無許可でおこなった調査活動によって、突如、言鯨の一体が甦り、地上に大混乱をもたらす。浅蜊自身も身を滅ぼし、また、その余波を受けて旗魚が乗っていた砂上船も彼ひとりを残して全滅する。旗魚は浅蜊がたどりついたと思われる言鯨の謎を知ろうと、裏稼業の運び屋である鯱(しゃち)、言骨加工師で浅蜊とは昔なじみだった常節(とこぶし)、砂漠に棲む蟲を操る珊瑚(さんご)の力を借りて、浅蜊の研究拠点があった零番鯨骨街へと向かう。しかし、表立った行動はできない。浅蜊と関わったことで、ヨナクニが旗魚を追っているのだ。

「言鯨」「言骨」という表現、「最も古い言葉」なるキーワード、作中に描かれる「骨の囁き」という現象……これらから、神林長平の諸作を連想する読者も多いだろう。そう言えば、砂漠のイメージも『膚の下』や『完璧な涙』などと響きあう。

 ただし、イメージとは別に物語の骨組だけを見れば、『言鯨16号』はほぼ物理的水準のアイデア・設定として語りきり、神林作品のように言葉の象徴機能や「テキストとリアリティ」の問題へと踏みこむことはない。そうした意味では伝統的なSFと言える。ただ、登場人物の配置や、大仕掛けの設定をディテールを重ねず、山場であっさりと説明してすませてしまう感じに、アニメっぽい軽快さを感じる。

(牧眞司)

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