「私ほど辛く悲しい人生はまたとあるまい」陰謀・孤立・愛妻の死! 幼い娘と暮らす家も焼け……不幸の中で独自の悟りを得たある皇子の半生~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女

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“俗人ながら心は僧侶” 主人公が目指す理想の生き方

世間からもてはやされながらも「自分の父は光源氏ではない」と出生の秘密を感じつつ生きる貴公子・薫。彼が求めるのは恋愛や結婚、出世や栄達ではなく、仏道による救いでした。

しかし世間の信頼も厚く、若くして高官でもある薫。それに一人ぼっちの母の女三の宮を残して実現できるものでもありません。

出家という形を取らず、俗人でありながら心は僧侶のように悟りを目指す……そんな薫の理想とする生き方を実践した人物がいました。彼の名は八の宮。朱雀院や光源氏の弟に当たる桐壺帝の第8皇子で、その様子は“俗聖(ぞくひじり)”と呼ばれています。

陰謀に巻き込まれ……利用され捨てられた孤独な皇子

八の宮の人生の転機は遥か昔、源氏が須磨に都落ちした頃にさかのぼります。

桐壺帝は皇太子を藤壺の宮の産んだ十の宮(のちの冷泉帝)に決めて崩御。その後見人として源氏を指名しましたが、源氏は朧月夜との密会現場を押さえられ、当時覇権を握っていた彼女の姉・弘徽殿大后とその父・右大臣に「謀反人」の疑いをかけられやむなく須磨へ。

その時、「源氏のいない間に皇太子も変えてしまおう」と企んだ大后たちが目をつけたのが八の宮でした。母方の血筋もよい彼は皇太子の資格十分。八の宮自身はおっとりのんびりした性格で、音楽だけに打ち込んでいられたらよかったのに、あれよあれよと担ぎ出されてしまいます。

ところが思ったより早く源氏が返り咲き、冷泉帝が即位すると、とたんに大后一族は影を潜め、彼らに追従していた人たちも源氏に次々と鞍替え。こうして、ただ利用されただけの八の宮は世間から捨てられ、社会的に孤立してしまったのです。

源氏は苦境にあって自分に味方してくれた人には相応以上の報恩をしましたが、自分を裏切った人びとには何かにつけて冷酷な態度を取りました。紫の上の父・式部卿宮(当時)がいい例です。本意ではなかったとはいえ、八の宮もまた天下人となった兄・源氏と疎遠になったのでした。

失意の八の宮の心の支えは妻との円満な生活でした。奥さんは昔の大臣のご息女で、長年連れ添っているのに子どもがなくて寂しいと思っていた所に、可愛らしい女の子が誕生。

この子をこの上なく大切に育てているうち、奥さんは再びオメデタ。またまた可愛い女の子が生まれますが、さらなる不幸が彼を襲います。

幼子を残し妻は急死!一度は出家を決意するも……

お産は無事に済んだのに、その後の容態が回復せず、奥さんはそのまま亡くなってしまいます。「この子を私の代わりと思って可愛がってください」と遺言して……。

政争の具にされた挙げ句、世間からは見捨てられ、そして唯一の希望だった妻も死んでしまった! 「私のように不幸で悲しい人間がまたといようか。この生きづらい世を捨ててしまいたい」

絶望した宮は出家を考えますが、まだ幼い娘たち、とりわけ生後すぐに母と別れた下の娘が不憫。気の毒なことに「この姫君を生んで奥様は亡くなられたのよ、不吉だわ」と女房たちは面倒を見ず、乳母に至っては行方をくらます有様です。それもこれも、どうもまともな乳母が雇えなかったからのようですが……。

こうなると娘の世話は父自らがするしかありません。出家したいのは山々ですが、幼い娘たちを置いて修行どころではないと踏みとどまります。

しかしもとより世間知らずの宮は、ただ娘たちを見守りながら、思い出の詰まった邸が次第に荒れていくのを眺め、朝な夕なに仏様にお祈りすることしかできません。たくさんあった財産もいつの間にやら底をつき、立派な調度品だけが残っています。

人びとの中には「再婚すれば経済的な後見も得られるでしょう」と、縁談を持ってくる人もありましたが、亡くなった奥さん一人を愛していた宮は再婚などとんでもないと断り、ただただ娘たちに読み書きと音楽の手ほどきをして、日々をすごしていました。

度重なる不幸! 今度は邸が火事で消失

すっかり世間から見放され、誰も来なくなった邸で、娘たちはすくすくと成長します。

二人の娘のうち、上の娘は大君(おおいぎみ)、下の娘は中の君(なかのきみ)と呼ばれます。大君は幼いながらに落ち着いて才気があり、中の君は明るく素直で愛らしく、不吉なまでの美しさです。

念誦の合間に娘たちの相手をしては、その成長を嬉しくも悲しく見守っていた八の宮を、運命は容赦なくむち打ちます。住んでいた邸が火事で消失してしまったのです。

荒れ果てていたとはいえ、亡き妻とともに暮らした家族の思い出の家。過酷な運命はそれすらも私から奪い去るのか、一体どれだけ不幸が続くのかと落胆する宮は、なくなく宇治に所有していた山荘へ身を寄せます。もはやここが唯一の砦とはいえ、さすがの宮も京を離れるのは残念でなりません。

山荘の近くには網代(漁場)があり、静かな住まいを希望している宮にとっては騒がしいのが気になりましたが、京とは違った山の景色と、宇治川の流れを慰めにして過ごす以外にありませんでした。

百人一首の喜撰法師の和歌にあるように「わが庵は都のたつみしかぞ住む 世を宇治山と人はいふなり」を地で行くことになった八の宮一家。京にいてさえ訪れる人のなかった八の宮のもとに来るのは、ごくたまに御用聞きにくる近在の山里の者と、宇治山で修行する阿闍梨(あじゃり・高徳の僧)だけでした。

「兄上はわだかまりを……」僧侶経由で復活した兄弟の交流

阿闍梨は学徳も高く、世間にも知られた立派な人でしたが、朝廷の法要には出仕せず、山ごもりの修行を中心にしていました。

そこへ在俗ながら仏道に力を入れている八の宮のことを聞き、うち続く不幸の中で彼が見出した人生哲学と洞察に感心。八の宮もこの阿闍梨には心を開いてあれこれと話をします。

宮中には出入りしないものの冷泉院には時々伺候していた阿闍梨は、話のついでにこのことを院に打ち明けました。

「八の宮さまは俗体でありながらも、そのお考えは仏典に深く通じ、お心は悟り澄ましていらっしゃって、まことの聖者のようにお見受けいたします」。さらに時折、大君と中の君の琴の合奏が川音に乗って聞こえてくるのが極楽浄土のようだと言うと、冷泉院は興味を示し

浮世離れした父君のところにいる割には、風流な心のある姫たちだね。まだ出家はなされていないと言うが、今後がさぞ気がかりなことだろう。私を後見人と思って預けてくれないだろうか」などと気のあるところを見せ、まずはお見舞いの使者を立てます。

側で話を聞いていた薫は、姫ではなく宮本人に興味津々。ぜひ直接あってお話してみたいと阿闍梨に頼みます。久々の京からの、それも院のお使いを、八の宮はことのほか喜びました。

冷泉院からは「お気の毒なお暮らしぶりを人づてに聞きまして。私も世を厭う気持ちは宇治山に通じておりますが、兄上の方でわだかまりお持ちになっていらっしゃるのでしょうか」。

八の宮から見て冷泉院は弟宮、しかしかたや上皇、一方は零落した皇子です。「悟り澄ましているわけではないのですが、やはり世の中は辛いものと思って宇治に暮らしております」。

宮は謙遜してそう返事したのですが、院としてはまだ世間への恨みがあるように感じられ、少し複雑な気持ちです。長年音沙汰もなかった兄弟間の関係、難しいですね~。

さらに阿闍梨から薫のことを聞いた宮は「私のようにさんざん不幸な目に遭い、世の中は辛く生きづらいものと骨身にしみてはじめて、道心というのは起こるもののようなのに、どうしてお若く何不自由ないご身分で、仏道に熱心なのだろう?」とやや疑問。

しかし「私は仏に帰依すべき運命であったためにこのような生涯になったが、お若いうちから来世のことを見据えていらっしゃるのは大変ご立派だ。まことにこちらが恥ずかしくなるような法(のり)の友です」と歓迎し、ふたりは親しくやり取りをするようになりました。

寂しい山荘で…年齢を超えたふたりが繰り広げる熱い談義

こうして薫の宇治通いが始まります。山荘は話に聞くより簡素で、仮の庵というのがぴったりの侘しい作り、あちこちから生活に困窮している様子が伺えるいたわしさ。同じ宇治でももっと風光明媚なところもあるのですが、ここは川音も激しく、風が荒涼と吹き渡る実に寂しい場所です。

その山荘で薫は宮と熱く仏道談義を繰り広げます。いくら高僧とはいえ、いかにも頭のかたいとっつきにくい者や、荒行者風の無骨で無作法な者もいる中で、八の宮は悟り深いというのではありませんが、貴人らしく物事の本質を捉え、わかりやすいたとえを交えて話してくれます。専門家の先生の話より、身近な例えを使って説明してくれる詳しい人の話がわかりやすいというのは、今でもよくある話ですね。

この独特のスタイルが薫にはとてもわかり易く、いつでもお話していたいし、少し会わないと寂しくて、公務が忙しくて宇治に行けない時はもう居ても立ってもいられないほど。まるで恋人のようです。

山荘に薫が顔をだすようになってから、冷泉院も頻繁にお見舞いを贈り、それに従って京の人びとも来訪するようになりました。薫もそれとなく経済的なサポートをして、気づけば3年の月日が流れていました。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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