やらされ感だけの働き方改革ではなく、チームを変革させた豊田合成の「イクボス塾」とは?
日本で「働き方改革」が叫ばれるようになって約2年半。いま、全国の企業・自治体・官公庁では「働き方改革」の名のもとにさまざまな取り組みが行われてきている。
ところが、肝心の現場はなんともいえない「行き詰まり感」が漂っていることも少なくない。仕事がラクになるわけでも、無駄な仕事が減るわけでもなし。現場は冷めたココロで、言われるがままに定時に帰り、やらされ感たっぷりの「働き方改革」施策にため息をつく。
一方、そんなどんよりムードに風穴を開けようと一歩踏み出す、思いある管理職もいる。今回紹介するのは、トヨタグループの自動車部品メーカーである豊田合成株式会社が展開する「イクボス塾」プロジェクト。現場の課題解決を後押しするべく、2018年に人事部門が主管となり、全社の有志の管理職を募って立ち上げた。
管理職になることに魅力を感じない従業員が増加傾向にある実態を受け、魅力ある働き方づくりを目指すとともに、組織風土の要となる管理職のマネジメントのレベルアップを図るプロジェクトだ。
厳しい上司のもと、プライベートを犠牲にして働く管理職に
「いままでのマネジメントに限界を感じました。体力と根性だけで猛進するやり方は、もう通用しないのかなって……」
牧 達一郎さんは自らプライベートを犠牲にして働く管理職だった過去を振り返り、苦笑い混じりの笑みをこぼす。厳しい指導により育成を図る上司の下で育った牧さん。いま自らのマネジメントのやり方と組織風土を変えようと動き出している。
▲豊田合成株式会社 車載照明技術部 デバイス生準室 室長 牧 達一郎(まき たついちろう)さん
牧さんも、「イクボス塾」参加メンバーの一人。デバイス生準室 室長を務める牧さんは「夢に向かってチームで勝てる職場づくり」をテーマに掲げ、上司と部下、メンバー同士、何でも言い合える職場風土を目指し、室内でのトライ&エラーを重ねている。 豊田合成の「イクボス塾」とは?
豊田合成株式会社は、愛知県清須市に本社をおく、トヨタグループの自動車部品メーカー。クルマのフロントグリルやエアバッグ、ドア枠のゴム部品など自動車部品の開発と製造を手がける。「イクボス塾」は、日々職場で直面する”仕事”と”人”のマネジメントに関する課題を解決したいという、熱い思いを持つ管理職(有志)が集まり、職場をより良くするための知恵を出し合う活動である。活動期間は2018年2月~2019年3月までの1年間。11名の管理職が参加してマネジメントのレベルアップと職場風土改革に取り組んでいる。
「室のメンバーがベビーラッシュを迎え、乳幼児を抱えて共働きをする人が増えてきました。そんな中、いままでの働き方に限界を感じ、なんとかしたいと思っていたのです」
「イクボス塾」に手を挙げた背景を語る牧さん。参加当初、人事部主催の外部講演を聞き、次の2つのメッセージに共感したと言う。 (1)部下力の向上
⇒部下を管理するのではなく、部下の意欲と成長をサポートする
(2)チーム力の強化
⇒働く場所や時間に制約がある社員がますます増える
⇒「チームで勝ちに行く」組織づくりが必要
「とはいえ、いわゆるイクメン(子育てをする男性(メンズ))ばかり贔屓するのはよくない。お子さんがいない人、既にお子さんが大きくなった人、独身の人も自分のやりたいことを実現しながら成長できるような職場環境にしたい。そう思ってこの塾に参加しました」
およそ20名が働くデバイス生準室は、車載LE製品の生産技術開発を担う組織。メンバーの世代もライフステージも様々。それぞれに家庭の事情もあれば、やりたいことも異なる。室長として自分自身がそれを知っておきたい。「イクボス塾」はもともと女性活躍推進を主眼においていた。しかし、性別に関わらず社員1人ひとりの制約条件ややりたいことを把握し、組織風土と働き方を変えるチャンスである。牧さんはそう捉えた。そして、室の「あるべき姿」を考え言葉にした。 「あるべき姿」とは
・全員が意欲満々で仕事でき、成長できる環境
・制約条件の実情が把握され、受入れられている
・上司-部下間、部下同士が何でも言い合えることができ、皆のモチベーションが高い
<実際に牧さんが職場で取り組んだ活動(一部抜粋)>
会社での困りごとを吐き出してください
まずはじめに、個々人の制約条件を把握する。具体的には次のワークシートを配布し、メンバー全員に記入してもらった。
『皆さんの私生活とキャリア(会社)の両方を応援したいので、皆さんの制約条件を教えてほしい』
忙しい職場であればあるほど、なかなかプライベートな事情は話しにくい。だからこそ、自己開示しやすくする大義名分やきっかけづくりが重要なのだ。こうして、メンバー各々の制約条件は見えてきた。
次に、各人の悩みを書き出してもらうことにした。「何でも言い合える」関係を構築するために、課題の言語化と共有は不可欠である。
制約条件の書き出しにより弾みがついたのか、メンバーからは思いのほか多くの困りごとが書き出された。
会社に対して、部門や室に対して、日々の業務に対して、リーダーに対して、人間関係の問題、組織の問題。さまざまな不満が綴られる。
「正直、受け止めきれない!」
そう思った牧さん。しかし、これを受け止めなくては信頼関係などいつまでたっても築けない。
牧さんは1人ひとりと丁寧に向き合った。メンバー全員と1on1ミーティングをおこない、悩みや不満を受け止めたのだ。人事部が教えてくれた、「共感」「傾聴」のスキルも大いに役立ったという。「書かせる以上に、聞いたほうが良い」と語る牧さん。対話を通じ、メンバーの口から出る不満が、徐々に「こうすれば良くなる」「こうしたい」などの「提案」に変わってきた。
「(部下の不満や悩みを)中途半端に聞いて向き合わないくらいだったら、最初から聞かないほうがいい」
牧さんは力をこめる。
リーダーが現場の声を受け止める。これは、現場の「言える化」のための基盤である。いま、全国の組織で「無理」「無駄」の洗い出しや、現場からの改善提案を募る取り組みが行われている。一方、ホンネが出てこない職場、物言わぬ現場も少なくない。「なぜか?」とメンバーに問いかけてみると、次のような声が聞こえてくる。
「ホンネを言っても取り合ってくれない」
「流される」
「改善提案をしても、頭ごなしに否定される」
「中間管理職が邪魔をする」
「どうせ、言っても無駄」なのである。意見してもスルーされる。提案しても否定される。残るのは徒労感と無力感のみ。この黒歴史が繰り返され、現場のメンバーはどんどんものを言わなくなる。メンバーがホンネを言わない、提案しない=「あなた(たち)を信頼していません」の裏返しなのだ。
こうして、現場のリアルがどんどん見えなくなる。そして思いある社員ほど、ある日静かに去っていく。
「夢」を語ろう!(Work, Lifeにおける夢)
「夢に向かってチームで勝てる職場づくり」を目指す、豊田合成 デバイス生準室。そのゴールに到達するには、そもそも夢を明らかにする必要がある。
各自の夢をワークシートに書いて提出してもらうことにした。
ところが、最初はなかなか夢を書いてくれなかった。無理もない。日々の忙しさに追われ、夢など考えたこともない人もいるであろう。あるいは、職場の人にわざわざ伝えようとは思わない。ほとんどが「無回答」。あるいは「ひみつです」と答えるメンバーも。
趣旨を繰り返し説明することで、ようやくメンバーは夢を書いてくれるようになった。
「自分が開発した新工法が、新製品に適用されるようにしたい」
「妻と自転車で北海道を回りたい」
「もっと稼いでよい暮らしをしたい」
中でも30代の若手が積極的に書いてくれたのが嬉しかったという。
「何年後かにマネージャーになりたい」
「今年中に昇格したい!」
「ハワイで挙式したい」
思いのほか、昇進や昇格に興味を示す声も聞こえてきた。
メンバーの夢を把握した牧さん。いまでは1人ひとりの夢の実現になるべく寄り添った業務分担やコミュニケーションを心がけるようにしている。
他にも、メンバーが「言える化」しやすいよう、牧さん自身が管理職として心がけている行動がある。
* 部下への朝の挨拶は、自分からする
* 自分が悪いと思ったときは、自分から謝る
風土改革のための取り組みも大事だが、日常の行動で見せる管理職の背中こそ、メンバーのマインドや行動に良い影響を与える。
ところで、なぜ牧さんはこれほど「夢」にこだわったのだろう?
個人の夢など知らなくても、日々の仕事を効率よく回すことは十分できると思うが……。
その理由は、後編でお伝えしていきたい。
「あまねキャリア工房」沢渡 あまね(さわたり あまね)
IT運用エバンジェリスト。業務改善・オフィスコミュニケーション改善士。ITサービスマネジメント/プロジェクトマネジメントのノウハウを応用した、企業の働き方改革・業務プロセス改善・インターナルコミュニケーション改善の講演・コンサルティング・執筆活動を行っている。
主な著書:『新人ガール ITIL使って業務プロセス改善します!』『職場の問題かるた』『働き方の問題地図』『職場の問題地図』『仕事の問題地図』『マネージャーの問題地図』『ドラクエに学ぶチームマネジメント』『マンガでやさしくわかるチームの生産性』
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