自分のキャリアなどに“迷い”のある人にこそ、「伝統工芸」に触れてほしい――NHKの女子アナから伝統工芸の職人に。根付職人・梶浦明日香の仕事論(4)

自分のキャリアなどに“迷い”のある人にこそ、「伝統工芸」に触れてほしい――NHKの女子アナから伝統工芸の職人に。根付職人・梶浦明日香の仕事論(4)

NHKの女子アナから伝統工芸の職人に転職した梶浦明日香さんの仕事論、人生論に迫る連載企画。シリーズ最終回となる今回は、仕事観や人生観、今後の目標について語っていただきます。

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プロフィール

梶浦明日香(かじうら・あすか)

1981年岐阜県生まれ。小学生の頃からアナウンサーに憧れ、立教大学在学中からフリーアナウンサーとして民放を中心に活動。大学卒業後、NHKに入局、アナウンサーとなる。2010年、「東海の技」の取材を通じて出会った伊勢根付の名人・中川忠峰氏に弟子入りし、根付職人に。次世代の若手職人の活動の幅を広げるべく、三重の若手職人のグループ「常若」や、東海の若手女性職人のグループ「凛九」を結成。リーダーとして各地で展示会やワークショップを開くなど、新たな担い手の育成にも力を注いでいる。

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仕事とプライベートの垣根はない

──現在はどのような働き方なのですか?

基本的には家にいて時間があれば、毎日自宅のリビングの一角に設けた作業場で根付を彫ってます。師匠の工房には週に1回、電車で3時間以上かけて通って、自宅で作った作品を見てもらってアドバイスをいただいたり、難しい物について指導してもらっています。でも働き方は日によって全然違っていて、例えば朝8時から夜中の2時まで食事やトイレ以外はずっと彫り続ける日もあれば、「常若」や「凛九」(※梶浦さんがリーダーを務めている若手職人のグループ)の活動のために走り回ったり、メディアの取材に対応したり、作品を見せてほしいという人に見せたり、美術館を回ったり、一日遊びに行ったり息抜きする日もあります。

──では働き方のルール、例えば何時から何時まで彫るとか、コアタイムも決めてないのですか?

はい。決めていません。そこは注文次第ですね。締切りがタイトな時と、それほどではない時もあるので、時間がある時に息抜きをしています。

▲自宅に設置した作業場(左)と中川師匠の工房での根付制作中(右)

──ワークライフバランスはどんな感じになっているんですか?

取材を受ける時にその質問もよくされるんですが、正直困るんですよね(笑)。家にいる=仕事している状態なので、家での余暇の過ごし方がよくわかりません。空いていたら根付を彫ろうってなるから。テレビを見ながら彫ることもあるのですが、この時間は仕事? それとも余暇? という。SNSやブログを書くのもPR・営業活動の一環だから仕事とも言えるし、好きで書いている部分も大きいので趣味とも言えます。「常若」や「凛九」の活動も直接仕事とは言えない部分の方が多いし、でも伝統工芸を世に広めるためには必要な活動とも言えます。

外へ出ている時も美術館や博物館はもちろん、旅行に行く時でさえ目につく物すべてが根付づくりの刺激になりヒントになるわけです。しかもそれを好きでやってるわけなので、生きている時間のほとんどが仕事とも言えるし、ほとんど好きなことをしている趣味の時間とも言えるのです。こんなふうに仕事とプライベートが完全に重なっているので、ワークライフバランスってなんだろう? という感じです(笑)。

──そんな梶浦さんの生き方に関して、ご主人はどんなふうに思っているのでしょうか。

やりたいことをやればいいよって言ってくれています。2人で家にいる時は、リビングの一角の作業場で私が根付を彫ってて、夫がテレビを見ながらくつろいでるみたいな感じですかね。お互い好きなように過ごしています。結婚して10年が経ちますが、ずっとこういう生活でケンカになったこともないですし、むしろ私の職人としての仕事を理解して応援してくれています。夫は一般企業に勤めるサラリーマンなんですが、自分の仕事にやりがいを感じて楽しんでいるようですし。だからうちの場合は結婚していても何の問題もないですね。

──では根付にも打ち込みつつ、家庭も円満にやっていくために特に気をつけていることは?

特にはないですね。ありがたいことです(笑)。

仕事は幸せになるための手段の一つにすぎない

──梶浦さんにとって根付職人という仕事とはどういうものですか?

難しい質問ですね……。もちろんものすごく大事なものではあるのですが、少なくとも私の人生にとって一番重要なものではないですね。私の人生の究極の目的は幸せであること。アナウンサーを辞めたのも、根付の世界に入ったのも、ちゃんと人としての幸せを追求したいと思ったからなんです(※詳しくは第1回参照)。

例えば、中には体を壊してまで仕事に打ち込む人もいますが、私はそうまでして仕事をしようとは思いません。もちろん根付は人生を懸けて取り組みたい仕事ですし、私の使命だと感じていますが、生きるベースを仕事に脅かされるのは嫌。命を懸けたり、自分や家族の幸せを犠牲にしてまでやるものではない。あくまで幸せに生きるための一つのツールが仕事であって、そこにやりがいを見出したいという考え方です。なので、自分の生活や人生を大事にして、その上で伝統工芸をやっていくべきだと思っています。

──ではこれまで職人を辞めたくなったことはないですか?

それもよく聞かれるのですが、辞めたいと思ったことは一度もないですね。というか今は師匠を始めいろんな人に助けてもらいすぎて、また期待してもらってもいるので、ありがたすぎて辞めたいなんてとても言えないです(笑)。

自分ならではの作品を

──では現在の職人としての悩みや課題は?

これまで根付職人として1人で生きていけるくらいは稼げるようになることを優先してきたので、基礎的な作品、つまり師匠から合格をいただいて売ってもいい作品はたくさん作っているんですが、その分、同時代に師匠の弟子になった人たちに比べて難しい作品、作り手の個性が全面に出ている作品があまり作れていないんですよ。定年退職後に師匠に根付を習っている生徒さんの中には、技術的にはそれほど高くないけれど、すごく素敵な味があったり、作品を見れば絶対その人が作ったとわかるような、その人ならではの個性や人間性が作品に出ている人がいるんです。それと比べると私はまだ作品に私ならではの味を出せてないな、ひと目でこれは梶浦明日香の作品だってわかるような作品ってまだ作れていないなあと。そんな作品をどう作るかが目下の最大の悩みで、この先もずっと悩んでいくのだと思うんですけどね。

──少し前から立体的な物でも設計データさえ入力すれば正確に作れる3Dプリンタがもてはやされていますよね。職人として3Dプリンタのような物には脅威を感じていますか?

それ、展示会やワークショップなどでお客様から「3Dプリンタに負けるなよ」ってよく言われます。確かにすごく安くたくさん作れるので、伝統工芸品を3Dプリンタで作って安く売ってるところがすでにあるんですよ。だから脅威といえば脅威ですが、3Dプリンタでは新しい物は生み出せませんからね。それに、ワープロが登場した時、書道がなくなると言われたけれど、今ではむしろ書道の注目度が上がってきて、多方面で活躍する有名な書道家さんがたくさんいますよね。それと同じで、最新テクノロジーが登場した方が手作りのよさが見直されるのかなと思っています。

何より3Dプリンタでは同じ物を量産できますが、私の作る根付は私にしか作れないし、同じ物は2つと作れません。私の代わりはいないし、部品の交換もできません。私は心をもって、毎日の自分の感情と向き合いながら生きています。それは必ず作品に現れます。機械にできないこと、人間だから大事にすべきことをしっかり押さえておけば、そうそう機械に負けることはないと信じています。

──今後の目標を教えてください

まずは根付職人として一人前を目指したいですね。この根付すごいね、おもしろいね、明日香らしいねと言ってもらえるような作品を作っていきたい。そして師匠くらいの年齢(71歳)になった時に今の師匠レベルの技術の作品が作れるような職人になっていたいです。その上で、伝統工芸を受け継ぐ職人を絶やしたくないと思ってこの世界に入っているので、根付の魅力はもちろん、他の伝統工芸や職人の魅力を世界中に発信するなど、多くの人たちにもっと知ってもらう活動をどんどんしていきたいし、職人仲間が「こんなことをやりたい」と言った時にそれを現実にできる人でありたいですね。そのために、その環境を整えられるくらいの人脈も力も余裕ももちたいです。とにかく今の若い職人たちが職人をやっていてよかったなと思えるような活動をたくさんしていきたいです。今の若手職人は大変な状況の中で修行をしているので、職人としていい思いをたくさんさせてあげたいですね。

変化を恐れずチャレンジしてほしい

──ご自身のこれまでの会社員経験や転職経験から若手ビジネスパーソンに伝えたいことがあればお願いします。

NHK時代に伝統工芸を紹介するコーナーを担当させてもらえたから今があるのですが、実はその辞令が出た時は嫌だったんです。それまで担当していた本の紹介コーナーが放送されるのは三重県内だけで、伝統工芸のコーナーは東海三県にまで広がります。つまり本のコーナーでの仕事が評価されての話だったので本来は喜ぶべきことなんです。でも、伝統工芸には全然興味もないし、当然専門的な知識もなかったので、いきなりそんな世界に放り込まれて大丈夫なのかという不安を感じていました。そもそも今まで担当していた本の紹介コーナーの仕事がやっと流れをつかめてきて、やりがいを見出してきたところだったので、今まで楽しくやってきたことを会社から有無を言わさず奪われるのが嫌だったんです。でも、今振り返ると、本当は何よりも、変わること、知らない世界に飛び込むことが恐かったんだろうなと思います。それまでの慣れ親しんだ、心地よい居場所にい続けたかっただけなんだと。

でも、いざ飛び込んでみると、職人さんたちは皆さん素晴らしい人ばかりで、知らない世界だからこそ取材して大勢の人々に伝えることが楽しくてしょうがなくて、どんどん仕事にのめり込んでいきました。その結果、根付職人という天職に出会えて、使命感すらもって生きているので、この仕事をさせてもらえて本当に感謝しているし、あの時変化を恐れずチャレンジしてよかったなと思います。むしろ今は変化がある方が楽しいし、変化がないと目標までの長い道のりを歩み続けていけないので、今は積極的に変化を起こすことを常若でも凛九でもやっています。特に凛九はメンバーからやりたいことが山ほど出てくるので、それをいかに希望通りに叶えるかということに注力しています。未知の領域に飛び込むことって新しい未来を作ることになるので、変化って大事だし、結果的にはすごく幸せなことなんだと思います。

ですので、会社員の皆さんも異動などで全然違う仕事に変わる時、「なんで私がこの仕事をやらなきゃいけないの?」とネガティブな気持ちになるのはわかるのですが、むしろ新しい世界に飛び込むことをチャンスとしてとらえて挑戦してみてはいかがでしょうか。そうすれば新しい可能性が広がって、より成長できると思うので。

人生に迷っている人は伝統工芸に触れてほしい

もう1つ、伝統工芸の職人として、皆さんにぜひ伝えたいことがあります。私も伝統工芸の世界に入って初めて知ったのですが、伝統工芸には昔の日本人ならではの考え方もすごく入ってるんですよ。例えば根付を長い時間使い込んでいくほど価値が増すという考え方って、近代の西洋の文化が入ってきてから失われてしまった日本独自の文化です。伝統工芸に触れて、日本古来の文化を知ることで、新しい価値観を見出して、人生の価値観が変わることもあるので、人生に迷っている人は一度、生活の中に伝統工芸を取り入れてほしいんです。それは日本に昔からあった先人たちの知恵を取り込むことでもあるので、悩みを解決するための大きなヒントを得られると思うのです。

そして、日本が誇るべき伝統工芸に少しでも興味のある人は、ぜひ受け継ぐことも考えてほしいです。今にも消えてなくなりそうだけど、今、弟子入りすればギリギリまだ間に合うという伝統工芸がたくさんあるんです。もちろん簡単なことではないのは重々承知していますが、将来の1つの選択肢に入れてもらえればうれしいです。

──確かにまだまだ安定志向は根強くて、大企業や公務員の人気は高いですからね。

確かに、誰かが作ってくれた大きな場所にいる方が安心なのはすごくよくわかります。その人にとっての幸せが安定なら、その選択は正しい。でも大企業や公務員になることが本当に安定・安心かどうかなんて誰にもわからないじゃないですか。せっかく入った大企業だって倒産したり、急激な業績悪化でリストラされたり、合併して全然違う企業になることだって十分にありえますよね。安定志向の人は、その安定が崩れてどうしようと迷った時に、絶望するのではなく、伝統工芸の職人という選択肢を思い出してもらえたらいいな。これはチャンスなのかもしれない。自分で挑戦して自分で何かできる世界も悪くないかもなって。

──自分のキャリアを納得感のあるものにするためにはどうすればいいと思いますか?

自分の性格ってどこに行っても変わらないので、その中でより無理がない仕事や環境を選ぶしかないと思います。いくつか仕事や会社を経験すると、これは無理だけどこれは頑張れるというのがわかりますよね。例えば私はNHK時代、1時間しか寝ないで仕事をするのは無理だけど、いろんなことを仕掛けたり、だれかの願いを叶えるために計画して実行するのはすごく楽しいということに気がつきました。だから誰かにやらされるんじゃなくて、何でも自分が主体的に決めてやっていける今の働き方は向いてると思っているんです。なので絶対無理なものを排除した上で、自分が何をしたら楽しいと感じるか、どうしたらたくさんの人の役に立てるかという軸で選択し、やってみて何となく向いてると思えば、それを信じ込んで打ち込むしかないですよね。そういう感じで仕事を選べば後悔もないし、楽しい人生になるのではないでしょうか。 取材・文・撮影:山下久猛

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