“休めない”イメージを覆す。ブライダル業界で「有給休暇取得率100%」は実現可能なのか。
「外食・サービス業界は、休暇を取りづらい」――。
一般的にそんなイメージを持つ人は少なくない。その中にあって「有給休暇取得率100%(※)」に取り組み、現在約75%(2017年度)まで達成している企業がある。
※「有給休暇取得率」=「1 年間(1~12 月末)に取得した有休」÷「同期間に付与された有休(勤続年数により異なる)」という国の算出方法に準じています
ブライダル事業およびレストラン運営を手がける株式会社ノバレーゼ(従業員数1966人/2017年12月31日現在)では、2015 年度より「有給休暇取得率100%」を制度化。翌年の2016年には、企業の積極的な人事の取り組みを表彰する「第5回 日本HRチャレンジ大賞」で奨励賞を受賞した。
このほかにも、同社では業界のイメージを覆すような多様な休暇制度を設けている。中でも特徴的なのが、勤続3年毎に付与される「30日休暇制度」だ。これは育児や介護といった、やむを得ない事情に対して付与されるものではない。純粋に「リフレッシュする」ためだけの休暇であり、社員は普通の有給休暇とは別に与えられた30日を、連続もしくは分割して消化することができるのだ。
一般的には、残業が多く土日祝日の出勤が避けられないとされるブライダル、レストラン事業において、この「30日休暇制度」は、社員にどのように利用され、どのような効果を挙げているのか。また、企業として休暇を確実に取れる体制をどのように確立したのか、人材開発部マネージャーの岩井雄紀さんにお話をうかがった。
海外などで新しい経験・刺激を得て、自分の仕事に活かす
「30日休暇制度は、2000年、ノバレーゼの創業間もないころにつくられました。社員がイキイキと働けるためにも、優秀な人材を獲得するためにも、働きやすい環境を整えることが重要…という意図がありました。実際は、『働きやすさ』を超えて『仕事のスキルアップ』『仕事へのモチベーションアップ』といった効果も生んでいます」(岩井さん)
例えば、レストランでソムリエを務める社員は、イタリアに渡って10日間、ワインの勉強をした。現地のブドウ畑やワイナリーを訪れ、生産者の思いやこだわりを知ることで、帰国後、ワインメニューの紹介文とお客様にお勧めするときのトークのクオリティが向上。ワインの売り上げアップにつながったという。
また、あるドレスコーディネーターは「上質な接客を体験する」を目的に掲げ、8日間、ニューヨークへ。
高級レストランやブランドショップで接客を受け、「商品価値を高める接客」を学んだ。グルメ、ファッションの最新トレンドも仕入れ、接客時のトークに活かしているそうだ。
「休暇を終えるとき、新しい知識、経験、刺激を得ているので、ウエディングプランナーやドレスコーディネーターからは『お客様への提案の幅が広がった』という声がよく聞こえます。あるいは、大切な人と一緒に過ごし、プライベートの充実を実感することもモチベーションアップにつながります。スタッフがイキイキと働き、幸せな日々を過ごしていれば、それは必ずお客様にも伝わると考えています」(岩井さん)
さまざまな人と出会い、自分の働き方、生き方を見つめ直すきっかけに
「30日休暇制度」では、「10日間を3回」「1週間を4回」など分割して休暇を取る社員も多い。
その中で、ドレスコーディネーターの長瀬順子さんは、新卒入社から11年目に、30日間まとめて休暇を取った。
8年半務めた「管理職」という立場を退き、ドレスコーディネーターとして営業現場に立ち、専門性を高める道を選んでしばらく経った時期。それまでがむしゃらに走ってきたが、仕事に慣れ、落ち着きが出てきたころだ。一方で、今後の働き方、組織でのあり方に悩むこともあった。そんな葛藤を理解していた上司に背中を押され、30日間の休暇取得を決めた。
「気持ちを切り替えたい、と思ったんです。これを機に広い世界を見てみたくなって。海外で1ヵ月過ごしてみたくて、一人旅に出かけました。通常の休暇でも海外旅行に行くことはありますが、30日もあると『休んだ』という実感が強かったし、普段考えないことも考えるきっかけになりました」(長瀬さん)
フィリピン・セブ島の語学学校で過ごし、さらにベトナム、カンボジアを旅行。さらに友人を訪ねてロサンゼルスに渡り、30日間、海外で過ごしたした。
「海外に行くと、いろいろな人に出会いますよね。『あなたは誰で、どんな仕事をしているんですか』と会う度に質問されます。その度に考え、私もまた『この人はどんな仕事、生活をしているんだろう』と興味を抱くと同時に、自分自身のことも考えるんです。『私、なぜ今の仕事をしているのかな』って。走り続けていると、自分自身について立ち止まって考える時間がなかった。でも、カンボジアでアンコールワットの塔のてっぺんに1人で上り、広大な風景を見渡したとき、『まだまだできること、やりたいことがある』と、これまでにない感情が沸き上がってきました。そして旅の終わりには、『私はやっぱりこの仕事が好き』と実感していた。職場に戻ったとき、この環境にいられることに感謝できたんです」(長瀬さん)
こうして自分を見つめ直す時間を持ったことで、休暇前まで抱えていた迷いが消えたという長瀬さん。「自分が得意なこと」を伸ばしていこうと、決意を新たにした。そしてこの体験から2年後、長瀬さんは社内で唯一の「エグゼクティブコーディネーター」の称号を取得した。
休暇を取りやすくするツール、システムを整備。それより大切なのは「意識づけ」だった
世間一般では「休暇制度はあるが、実際に使いづらい」という声が多い。「自分が休むとほかのメンバーにしわ寄せがいく。迷惑をかけられない」と、無言のプレッシャーを感じ、遠慮してしまうのが実情だ。
ノバレーゼの職場には、そうした空気はないのだろうか。
30日間の休暇を取った長瀬さんは言う。
「『私も休むのでお互いさま。あなたも休暇を楽しんで』という風土が根づいているんです。それは1日の有休休暇であろうが、30日の休暇であろうが同じ。『自分が休むと人に迷惑がかかる』という心配はありません。なぜならお互いにフォローする仕組みができ上がっているから。お客様の情報は『担当者しかわからない』ということはなく、顧客管理システムと日々の対話によって、チーム内で共有しています。だから、休暇中に担当のお客様から問い合わせがあっても、誰もが対応できる。そのシステムは、休みを取りやすくするという目的だけでなく、お客様のため――つまりチームで協力してお客様をサポートするという意識で運用されています」(長瀬さん)
人材開発部マネージャーの岩井さんによると、ノバレーゼには、チーム全員が顧客情報を共有する顧客管理システムをはじめ、業務効率を向上させるためのツールや仕組みが整えられているという。
「例えば結婚式を挙げるお客様との打ち合わせ。プランナーとお客様が対面で打ち合わせする2時間は披露宴の進行や演出などに関する内容に集中し、直接話し合う必要がない項目については、ネット上のツールを使ってお客様にご自宅で準備いただけるシステムがあります。お客様の満足を損なうことなく、効率的に運用ができる仕組みです」(岩井さん)
ノバレーゼの場合、単にシステムを整備しただけでない。大切なのは「意識づけ」だという。
とくにサービス業界では、「休みが取れなくて当たり前」という、あきらめの先入観が根強い。そうした中、ノバレーゼでは「有給休暇取得率100%」を制度化した際、管理職クラスに対し「部下を休ませる」ことを当たり前と捉える意識を浸透させたのだ。
1年の始まりには「休むための年間計画」からスタート。各部門長がメンバー一人ひとりに有給休暇取得希望日程をヒアリングして、1年間の部署単位の有休取得予定表を策定。総務人事部に提出する。その後は部門長と総務人事部双方で定期的に取得状況をチェックし、予定通り取得できるように促進。3カ月に一度、各部署の達成率を社内イントラネット上にランキング形式でアップするなど、有休取得を社内全体で盛り立てる取り組みを行った。これにより現在では、総務人事部がチェックするまでもなく、当たり前に有休取得の習慣が根づいているという。
「なぜこうした休暇制度を設けているのか。その理由・目的を、社員全員がちゃんと語れるということが、当社の強みだと思います。一人ひとりがしっかり休みをとってリフレッシュし、イキイキと働けるようにする。自分がイキイキしていることで、お客様に満足いただけるサービスを提供できる――そんな会社としての理念・方針を、全員が理解し、体現できていると思います」(岩井さん)
ノバレーゼが働きやすい環境を実現しているのは、組織全体に「理念」が浸透しているからこそといえそうだ。 EDIT&WRITING:青木典子 PHOTO:平山 諭
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