6年勤めたNTTを退職しました(ソフトウェアトランザクショナルメモ)

6年勤めたNTTを退職しました

今回はくまさんのブログ『ソフトウェアトランザクショナルメモ』からご寄稿いただきました。

6年勤めたNTTを退職しました(ソフトウェアトランザクショナルメモ)

最終退社時の自分の机

最終退社時の自分の机

 
2012年に修士卒からの新卒でNTT研究所に入り、6年間お世話になりました。
研究所では同期や先輩や後輩や上司に恵まれ、存分に書籍や論文を読んで勉強して力を蓄えたり、対外的な発表の場にも恵まれ外ではできないような体験をすることができました。
ありがとうございました。
入社当時に作られたtogetterを見返すと

「社会人一年生kumagi 4月編」『togrtter』
https://togetter.com/li/293846

「社会人一年生kumagi 5月病編」『togrtter』
https://togetter.com/li/296160

まるで昨日のように感じられる。
NTT社内で僕が何をやっていたかについては言える物は軒並みアウトプットされているのでわざわざここでは触れない。

NTT研究所について

NTT研究所を客観的に見た時にどうかを書いていく

とにかく人に恵まれている。採用の倍率が高いのもあって潤沢な学生エントリーからよりすぐりのエリートが謎の力でポテンシャルを見極められて採用されている。同期を見てひと目ですごい奴も居れば、一見してわからない人も居て、それでもよく話してみると何かしら納得のいく能力を持ち合わせている。上司も観測範囲ではほとんどハズレの話も聞かず、僕に限って言えば常時よい上司に恵まれていた。まぁ周りを見ると延々と他人を中傷し続けて毒をばらまく声のでかい人もいたが…。

また、研究の設備も予算も(おそらく国内では相対的には)潤沢で、少し社内を冒険してみるとびっくりするような市場価格の製品が研究用としてゴロゴロ転がっており、まず資金面において他ではできない研究をさせてもらえる。また、必要とあれば作業請負などでソフトウェア開発力を外注したりして個人ではできないパワーを発揮する事も可能である。

研究に対する考え方も柔軟で、一般に企業の研究というとふた言目には「で、それでどうやってお金を稼ぐの?」と問い詰められるのが普通だが、NTT研究所の場合は「どう稼ぐかは考えてないけどこれでこの分野では世界最速になれます」「トップ学会通します」など光る物をアピールできればすぐには金金言われずにのびのびと研究ができる(部署にも拠るが)。基礎研究の重要性を理解するありがたい組織である。何なら毎年ずっと「うちは5年後の未来を作っている」と言い続けている部署すらあり、1年経っても「4年後の未来を作っている」に変わらないのは美しくさえある。

成果の判定も多様で、論文や事業成果というのももちろん重要な貢献とみなされるが、例えばこういう形での活動(イベントでの登壇や技術のアピール)も貢献としてカウントされる。

「本当は恐ろしい分散システムの話 from Kumazaki Hiroki」『slideshare』
https://www.slideshare.net/kumagi/ss-81368169

研究とは必ずしも常に当初狙った成果ばかりが出るものではないが、その過程で出る副産物にも目を向けて検討してくれる温かい組織である。

遵法意識はむしろ社員が窮屈に感じるほどに高く、フレッツ光ネクストの開発の頃などに残業三昧で深夜まで働き続けたなんてのはもはやお伽話の世界の話になっている。こんな話*1 とか今ではもう見かけることすらないだろう※1。深夜勤務も余程の事情がなければ発生せず、仮に発生してもきっちり深夜手当が支払われる。何なら時折労働組合が22時以降に抜き打ちで職場を徘徊して黙って深夜勤している人がいないかを確認しており何度か僕も参加したが一度もそのような現場には居合わせたことがない。当然サビ残なんてものもありえず、もしそれをやろうもんなら後から追っかけで検出され給料が支払われる。最近だと土日に社内システムに接続してちょっと作業(メール返信など)を行った事をも「休日勤務」とみなすべきだとして過去数年の記録に照らし合わせて社内で大幅な見直しが行われ、手間的な意味で大変な目に遭ったが、これも遵法意識の高さがなせるわざだろう。

*1:「クニーさんのTweet」2018年11月23日『Twitter』
https://twitter.com/LeftSystem/status/1065923653966000129

最高なのが研究員のほとんどは裁量労働制で、成果さえ出ていれば出社している時間帯は問われず、残業代も出ない一方で1日の平均労働時間が7.5時間を大きく下回っていても問題にならないことである。僕なんかは朝弱いのと基本的に一人プロジェクトだったのもあって昼出勤夕飯退勤で毎月の残業時間はマイナス40時間ぐらいだったがそれを起因にした減給は一切ない※2。

研究環境としても、基本的に市販の本や論文が読み放題で、静かに読むための場所(空き部屋)にも恵まれている。机の広さも写真の通り余裕があり、コンピュータも予算内で好きなだけ強力な物を調達可能で、僕はCore i7 8700+64GBメモリ+GTX1080+30インチディスプレイ2枚という贅沢な環境にLinuxを入れて生活していた。

お金に関しては、賛否あるが決して悪くない給料が支払われている。ちゃんと勤めていれば日本の大学院卒の同年代の平均給与は超えるし、賃貸に住めば家賃補助※3も貰える。社宅住まいであれば補助によって年収の額面を増やす事無く、異常に安い家賃で済ますこともできるので貯金にもうってつけである※4。課長クラスまで上がれば年収1000万超えはザラに出てくるので理系の出世ルートとしては下手な大学教授よりも恵まれていると言える。当然仕事は楽では無さそうだが。

NTTというネームバリューも強力で、国内はもちろん海外でも日本とビジネス上の関わりの深い国ではおよそ知られていて自己紹介には困らない※5。親世代から見ると「うちの子はNTTで働いています」というのはそれなりに迫力があって歓迎されるという話もあるそうだ(だからなんだという話は当然ある)。

そんな感じでNTT研究所での勤務は自分と同分野にいる人の殆どに自信をもって薦める事ができ、大きい研究をしてアカデミックに名を轟かせたい人間にこそオススメしたい就職先である。倍率が異様に高い上に研究プレゼンによる面接なので相性などで落ちる事もあるかも知れないが、新卒の方々は記念受験だと思ってエントリーしてみて欲しい。エントリーシートの手書きも不要なので手書きアレルギーでも安心である。

NTTを辞めた2つの理由

そんな恵まれた環境からなぜ僕が辞めるかというと

1. 給料の伸びが厳しい

入社7年目のサラリーマンの給料(ボーナスや家賃補助など全部込み)として、僕の年収653万円という数字は先に書いたように年代平均よりは良いしこの数字を貶すのは気が引ける。その一方でここからモリモリ上がるかというと管理職昇格という狭き門を通り抜けない限り良くて800万円になるかどうかというラインを生涯さまよい続ける事になる。
そして管理職の仕事は傍目に見ていても自分には楽しそうには見えなかったのと、そもそも自分が同様に人を管理する仕事を出来るとは到底思えなかった。
そういう年収期待値の中で社内のライフプラン研修を受講してみるとファイナンシャルプランナーらしい講師からNTTの事情を鑑みながら「あなた方はマンションなどを買うなら3000万円を超える物件だとだいぶ生活が厳しくなるのでそれ以下で見積もる事をおすすめします」と粛々と助言を頂いてしまった。もちろんそれより安い家に住んでもそれなりに満足な生活ができることは承知の上で、家族で住めるように東京の果てに小さな家を建て遠距離通勤をするような生活に自分は夢を持てなかった。もちろんすでにそういう選択をした人は都内には何千人も居るし彼らの事を貶すつもりも全くないが、世の中にはもっといい条件で暮らしている人もたくさんいる。
自分の考える人生プランを達成するには今の収入にしがみついていては後悔ばかりの老後を迎える事になるという危機感は持ち続けている。

とか言っていたら早速タイムリーにニュースが出てNTT研究所が待遇改善に向かって努力するようだ。

「対GAFAで研究者の処遇改善 NTT、流出に危機感」2018年11月20日『日本経済新聞』
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37991020Q8A121C1TJ2000/

なるほど、NTTの人材がGAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)に引き抜かれている事をNTT側は苦く思っているらしい。

澤田社長は人材の引き留め策として、研究に特化したプロ人材に高額の報酬を与えられるよう、19年度に賃金制度を改革すると明言した。同社の研究開発職の初任給は大卒が21万5060円、修士課程修了で23万7870円となっている。

もちろんこれは大歓迎であるが、これでは問題は根本的な解決に至らない、それが以下である。

2. 社内環境への絶望

筆頭に上がる絶望はセキュリティ環境で、前提としてNTTは日本のICT技術をリードする立場であるからして間違ってもセキュリティインシデントを起こすわけには行かないという意気込みがある。特にオリンピックに関して言うとゴールドパートナーでもあるのだし。

「NTTが東京2020オリンピック・パラリンピックのゴールドパートナー契約を締結 最大の課題はサイバーセキュリティ」2015年1月26日『WirelessWire News』
https://wirelesswire.jp/2015/01/12410/
wirelesswire.jp

もし大規模なセキュリティインシデントが発生した場合、有形無形の損害は計りしれず被害額の見積もりは何千億の単位に登るかもわからない。その規模の被害を避けるために行うセキュリティ施策は当然厳戒なものとなり何よりも理に適っているようには見えない方策が次々と科せられ、一説によると経営層(社内では大手町と呼ぶ)の中で「オリンピックまではセキュリティ施策を理由に一切の研究が止まっても構わない」と豪語されたとまでささやかれたし、実際にそうだったとしても驚かないレベルの施策の実行が強いられた。

NTT研究所の研究員が使うコンピュータは良くも悪くも研究員がそれぞれ販社と調整し調達し自力で設定するものであり、調達したコンピュータへのセキュリティの一連のセットアップも例外なく研究員が自分の手で行う必要があり、決してリテラシが低いわけでもない研究員でもまる一日は平気でかかる(こんなことを書くとNTT研究所の人たちの多くは「1日じゃ終わらんだろw」とツッコミを入れてくると思うが)。更には僕みたいにLinux上で常に活動している人はWindowsかMacからしか使えない社内システムとの接続のために別個でマシンを調達したりVMを立てたりするので手間が増える※6。そして社内システムの更改や労働環境の見直しを繰り返して見るも無残な有り様へと現在進行形で変わり果てつつある。※7

このように個別に制約が厳しい事自体は日本の大企業どこを見渡しても大体似たような話があると思うが、ただ「厳しい」というだけであればそれを理由に批難するのはワガママである。先に述べたように何より理に適っていない事が問題である。詳細を述べることは控えるが、外から観測できるものの一部としては「メールに何かを添付すると自動的に暗号つきzipに変換され、続くメールでそのzipのパスワードを送る」のような物が例示できる。その類の物がそこら中に敷き詰められている。

このようなセキュリティ施策そのものもやる気を殺ぐに充分だったが、それ以上にこれほど低レベルのITリテラシな人間が実権を握り経営判断をしているという状況への絶望のほうが退職するにあまりある動機となった。

セキュリティに限らず、研究所以外の場所ではソフトウェアの開発をしているというのにメモリが4GBとか未だにHDDを使っているとかそんな非人道的な環境での作業を強いられている部署もあるという証言もあった。メモリ4GBなんてイマドキのエンジニアであればブラウザだけでゆうに使い切ってしまうが、そこでEclipseやらメールソフトやらを立ちあげなくてならずスワップが発生して環境立ち上げだけで途方もない時間がかかるとの話である。メモリとSSDの数万円をケチって何百万円分の人月稼働をドブに捨てているかという自覚を持てない人間が指揮を執っている可能性すらある。面白いのが一説として「今の経営層の現役世代のPCはメモリが128MBとかの世界だったから、4GBというのが途轍もなく巨大な容量に見えているのかもしれない」という話で、なるほど大企業的かも知れないと納得するに至った。

一般にこのような話は労使関係の間で最善を目指して交渉すべき事柄であり、労働組合の窓口を通して適切に訴えるべきである。そこで日本でもトップクラスに大きい労働組合の窓口にこの旨を陳情した所「ソフトウェアエンジニアばかりを厚遇するわけには行かない。組合としては現在は相対的に冷遇されてきた契約社員・有期雇用・再雇用などの方々の待遇改善を通して護送船団方式で全体の改善を図っている。ソフトウェアエンジニアの職場を改善したら原資が減ってしまって全体を改善できない」とにべもなく却下された。会社の利益は組合員の労働効率に依存するという考えの一切を捨て、独立事象として発生する原資を組合員全員で喧嘩せずに分け合う事こそを組織の至上命題と考えたら通る道理で、なるほど大企業的かも知れないと納得するに至った(1小節ぶり2回目)。

その他、いろいろ言いたい事はあるが組織論やNTT法などいろいろ複雑な話やあやふやな持論が絡むので実際に会った時にでも聞いてもらいたい※8。

そんな感じで、金も夢も誇りも無くした(個人の主観です)kumagiはNTT研究所を辞めました。
転職先はGoogleで今月5日からsearchのチームに参加しました。引き続きアウトプットしていく予定なのでよろしくお願いします。

※1:横須賀の一部の部署の話は触れない

※2:逆に心配になるが

※3:正式には住宅手当

※4:任意の場所を選べるわけではないが

※5:もしわからない人がいても「日本版のAT&Tだよ」と言えば分かってもらえる

※6:冒頭の写真で机上に2台のマシンが見えるのは片方がWindowsである

※7:面白いのがこの現状をもってして管理職は「今も徐々に良くなりつつある」と微分値だけを語るのである

※8:毒が濃すぎてチャット上では日常的に隔離されている

 
執筆: この記事はくまさんのブログ『ソフトウェアトランザクショナルメモ』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2018年12月6日時点のものです。

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