ガンマ線バーストでも終わらない世界のために

ガンマ線バーストでも終わらない世界のために

 第六回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。六篇の連作からなり、遠い未来が舞台だ。もはや人間は肉体にしばらておらず、思うがままに精神をアップロードできる(これが表題の「トランスヒューマン」たる所以)。「童話」をうたっているのは、誰もが知っているような童話を下敷きにしているからだ。

 並べてみよう。左が収録作品で、右が原典の童話だ(童話の題名はポプラ社《はじめての世界名作えほん》に準拠)。

「地球灰かぶり姫」……「シンデレラ」
「竹取戦記」……「かぐやひめ」
「スノーホワイト/ホワイトアウト」……「しらゆきひめ」
「〈サルベージャ〉VS甲殻機動隊」……「さるかにがっせん」
「モンティ・ホールころりん」……「おむすびころりん」
「アリとキリギリス」……「ありときりぎりす」

 ただし、リトールドというほど原典に忠実ではなく、背景となる世界観も異なれば、登場人物の行動原理も独特だ。〈サルベージャ〉に至っては猿とはゆかりもない、木星第二衛星エウロパのうちすてられた都市でゴミを漁って、自分を修復しながら徘徊する機構である。

 人間性を超越した宇宙を舞台に描くお伽噺といえば、すぐに思いだされるのがレム『宇宙創世記ロボットの旅』『ロボット物語』や、カルヴィーノ『レ・コスミコミケ』だ。しかし、それらと『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』はずいぶん感触が異なる。レムやカルヴィーノの普遍的寓話性に対して、三方作品は(遠未来に設定されてはいるものの)2018年の感触が強い。そのあたり、コンテスト審査員のひとり小川一水さんが「冷笑的な視点に立ち、語り口が軽薄で卑近なネット用語も多い」と喝破されている。そう考えれば、トランスヒューマンのトランス性というのは、SNSの匿名アカウントみたいなものである。

 もうひとつ強調すべきは、科学技術のジャーゴンとロジックがふんだんに盛りこまれている点だ。いささか饒舌で悪ノリ気味でもあるが、それがピタリと嵌れば物語がテンポ良く走りだす。

 たとえば、「竹取戦記」ではこんなふう。

 竹は炭素でできています。カーボンの筒を高く伸ばし、地面の熱で温められた空気を根元からとりこみ、上昇気流を中に通して、マイクロタービンを回してエネルギーをとり出すのです。翁は竹の作る電気を拝借し、ときどきは竹を引っこ抜いて合成機関に使い、あるいは竹のオルタナティブ遺伝子をハックしていろんなものを合成させたりしていました。

 ヒロインのカグヤが竹のなかから見つかるのは原典どおりだが、彼女の発見される場面、それにつづく成長過程がちょっとしたホラー映画みたいなのだ。翁は、ずるがしこい竹が張り巡らせるマイクロフィラメントに備え、狩衣をアーマーモードに切り替えて竹林に踏みこむ。竹が送りつけてくるウイルス混じりのスパムをフィルターしながら、竹を切りだしていくのだが、一本の竹がはぜてなかから「基本的人体の赤ん坊に似ていないこともない」フォルムが飛びだした。抱きあげると、その赤ん坊状物体の腹からスパイクが突きだして、翁の頬をえぐろうとする。赤ん坊はまず逞しい生存本能だけで生きぬく。成長にしたがって中枢神経が発達し、準備が整うとようやく精神がダウンロートされ、知性化するのだ。それがカグヤだ。

 おてんばに成長したカグヤは、トランスヒューマン界のセレブである五人の男との超絶対決を経て、ラスボスたる帝(みかど)と相まみえる。帝の登場によって、竹取の翁の秘めた過去が明かされるという、ドラマチックな展開もある。

 帝の圧倒的な権勢の前に、カグヤと翁は絶体絶命のピンチに立たされる。そこで突如、恒星崩壊に由来するガンマ線バーストが地球を襲う。

 ふつうの童話ともっとも異なるのが、このガンマ線バーストの到来だ。前ぶれもなく天災が、物語を寸断する。この急展開が童話として破格だ。

 前半の三篇、つまり「地球灰かぶり姫」「竹取戦記」「スノーホワイト/ホワイトアウト」は、バーストの到来が物語のクライマックスになっている。「〈サルベージャ〉VS甲殻機動隊」と「モンティ・ホールころりん」は、ガンマ線バースト以降の変貌した太陽系世界が舞台となる。そして、「アリとキリギリス」は、バースト以前からはじまり、バースト以降にまでつづき、世界が変わっても変わらないものが主題化される。

 この最後の一篇は締めくくりにおかれているだけあって、連作の他の作品とちょっと毛色が異なる。しみじみとした情感が印象的だ。

(牧眞司)

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