なぜこんなに鉄道に惹かれるのか?―日本映画に登場した各地の鉄道を辿る『あの映画に、この鉄道』刊行記念対談[前篇](川本三郎×山下敦弘 監督)
——映画の中に登場する鉄道について記した類のない新刊、川本三郎の書き下ろし『あの映画に、この鉄道』が10月2日に刊行された。この本の中には、鉄道好きと目される監督名が複数回登場する。村山新治監督、山田洋次監督、降旗康男監督など。その中で、最も若手である山下敦弘監督に登場いただき、この本をメインに川本さんと対談をしていただいた。鉄道を描くことの面白さ、そして評論家が読み解く映画の面白さに溢れる対談となった。(取材・構成=関口裕子)
山下敦弘監督には無人駅がよく似合う?
山下敦弘: この本を読んでまず思ったのは、「寅さん(「男はつらいよ」)が見たい」でした(笑)。初期の作品しか見ていないので、今はもうない風景が写されているという意味でも、ちゃんと見たいなと。
それに、僕の名前が、山田洋次監督や野村芳太郎監督と並んで載っているのが、恐れ多くも嬉しかったです(笑)。僕らの世代で、駅や電車を撮る人ってあまり多くないんでしょうか?
川本三郎: 山田洋次さんは見るからに鉄道ファンです。本当に詳しい。篠原哲雄監督、是枝裕和監督もたぶん。若手ではやはり山下さんが多いですね、鉄道の場面。
山下: 本当は列車や駅の撮影って大変なのであまりしたくないんです(笑)。だから比較的撮りやすいローカル駅が多いのかも。森田芳光監督も鉄道はお好きでしたよね?
川本: そうですね。初期の8ミリ作品に、鉄道風景ばかり撮った「水蒸気急行」(76年)があるし、「ライブイン茅ヶ崎」(77年)にも鉄道が出てきます。遺作となった「僕達急行 A列車で行こう」(12年)も九州の鉄道がたくさん登場します。山下監督の映画に登場するのは、列車ではなく、駅ですね。
山下: 僕はホームや駅舎のほうが好きですね。「松ヶ根乱射事件」(07年)の冒頭、長野の駅に川越美和さんがやって来るシーンとか、「オーバー・フェンス」(16年)でも函館駅で撮っています。
川本: 「天然コケッコー」(07年)もそうですよね。そよちゃん(夏帆)と大沢(岡田将生)が高校を見に行く時の馬路(まじ)駅ですとか、山陰本線の線路を歩くシーンも撮影していましたね。
山下: 馬路駅には本当に人がいなかったので、すごくのんびり夕景を待った覚えがありますね。
川本: 山下さんの映画に、無人駅は合いますね。なぜこんなところでロケしたの? と驚かされる駅も多い。
山下: ははは。意識したことなくて、川本さんに以前ご指摘いただいて気づいたくらい(笑)。
川本:「ばかのハコ船」(03年)の外城田(ときだ)駅や、「リアリズムの宿」(04年)の国英(くにふさ)駅は、どうやって見つけたんですか?
山下: 車で沿線を回って見つけました、文句を言いつつ(笑)。
川本: どちらの駅も一度降りると大変なことになるんですよね。次の列車までの時間が長くて。周りになにもないから時間のつぶしようがない。
山下: トイレもないんです(笑)。撮影時は、近くの民家の人にお借りしたのを覚えています(笑)。でも無人駅は人が少ないので撮影しやすいんです。本当は駅よりもバス停のほうが好きなんですけど。
川本: 「天然コケッコー」にも村にあるバス停が出てきますね。
山下: 「リンダ リンダ リンダ」(05年)にも。バス停ってベンチさえ置けばどこでもバス停になるし、ベンチだと横並びに座るので正面から撮りやすいんです。初期の頃はやたらバス停が出てきました(笑)。
川本: なるほど。本来バス停じゃないところでもバス停にできるけど、駅はそうはいかない(笑)。
駅で撮ることの魅力とは?
山下: 自分の中で一番贅沢に撮ったのは、「リアリズムの宿」のラストの岩美駅のシーン。あれ結構な人数の高校生のエキストラを呼んだんです。彼ら全員が動いている中で、敦子(尾野真千子)を一人立たせた。
川本: あれ、すごくいいシーンですね。この本にも書きましたが、いまどんどん運営が厳しくなっている地方の鉄道を支えているのは、通学の中学生、高校生ですよね。映画は、それをさりげなく描いている。それに山陰は雨が多いことも。
山下: 雨でも日数がないし、撮るしかなかったんです。でも結果、皆が傘をさしていることで、メインキャストのキャラクターが浮いて見えた。ラッシュを見て、これはいいなあと思いました(笑)。
川本: 山陰は、「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるほど、雨が多いところですもんね。しかも土砂降りではなく、小糠雨。
山下: つらい撮影でしたけどね(笑)。でも駅で撮影すると、思わぬ効果が出ることも多いんです。例えば「どんてん生活」(99年)の、オモチャを持った男(山本浩司)が、子どもが来るのをずっとJR大阪環状線の野田駅で待つシーン。駅って目的を持って歩いている人が多いので、ぽつんとそこにいるだけで絵になるんです。
川本: そもそも最初に作られた実写映画が、リュミエール兄弟の「ラ・シオタ駅への列車の到着」(1895年)ですものね。南フランスの駅に蒸気機関車が到着する。山下さんの映画でびっくりしたのは、「もらとりあむタマ子」(13年)を見ていたら、中央本線の春日居町駅(山梨県)が出てきたこと。
山下: よくわかりましたね!
川本: 私、春日居町駅がすごく好きなんです。一時、春日居町の駅で降りて、そこから隣の山梨市駅まで桃畑の中を歩くというのを、週に一回のペースでやっていたくらい。だから一目でわかりました。
山下: あそこも何にもない駅です(笑)。
川本: そう。駅舎もないし、もちろん無人駅。でも駅を降りると目の前に富士山が見える。頭だけが見える、いわゆる裏富士ですね。それと、桃畑。風景が素晴らしい。3月か4月のはじめくらいですね。
山下: タマ子の実家の甲府スポーツ……。
川本: あそこも見に行きました! 甲府駅の北側にちゃんとあった。川べりの写真館も。
山下: 本当ですか! ありがとうございます。録音部と、家から電車の音が聞こえる設定にしたいと話していて、本当は違うんですが、最寄り駅を春日居町駅に設定したんです。
川本: タマ子が春日居町駅の踏切を自転車で渡る場面を見た時は仰天しました(笑)。よくこんな駅で撮影したと。
山下: ちょうどよかったのは、電車を待っている同級生の女の子の隣に、東京行きと書いてある。あれ実際に貼ってあったものなんですが、一枚の絵で彼女がこれから東京に行くことを示せたので、すごくよかったなと思っています。
目的もなく旅をする、発見をする、鉄道の楽しみ
▲水戸と郡山を結ぶ水郡線
川本: 旅はされますか?
山下: いや、僕はあまり。列車も本当に移動手段というか。
川本: 意味もなく列車に乗る、なんていうことはないんですか?
山下: ないですね。シナハン(シナリオハンティング)でふらっと乗ったことはありますが。一回、脚本の向井康介と、お昼頃、脚本を書くために集まったんですけど、「書く気しねえな」って鎌倉まで行って、江ノ電であのあたりをふらふらして、夕方、ビールを飲んで帰ってきたことがありました。向井とはたまにそんなこともありますね。柴又に行って、帝釈天のあたりを歩いた
り。
川本: 私は、列車に乗って、小さな知らない駅で降りて、町をぶらっと歩いた後に、昔ながらの商店街の駅前食堂でビールを飲んで帰る。これが一番幸せな日ですね。
山下: 目的もなく?
川本: 目的もなく。今、テレビでよく見る俳優の六角精児さん。彼の鉄道の旅は、私に近いかもしれません。彼は自身を「呑み鉄」と言っていて、ふらっと駅で降りて、ぶらぶら町を歩いて、いい居酒屋を見つけて、一杯飲む。あるいは乗り換えの待ち時間に、誰もいない無人駅のホームでコップ酒を飲むのが好きなんだそうです。
好きといえば、東京近辺のローカル線に、水戸と郡山を結ぶ水郡(すいぐん)線という長距離線があります。特急が走らない珍しいJRの路線で、その真ん中あたりに常陸大子(ひたちだいご)という、沿線では大きい町があるんです。大きいといっても2階建ての瓦屋根の商家が並ぶ商店街があって、丸い赤い郵便ポストが置いてあるようなところ。そこに年に1回、必ず田植えの季節に行きます。水郡線って水田の中を走るので、田植えの直後の風景が、まるで水の上を走っているかのようで素晴らしいんです。
山下: 一泊くらいの旅ですか?
川本: 日帰りです。東京から近いのと、福島の郡山まで行くか、水戸に戻らないと泊まるところがないので(笑)。
後篇へつづく(『キネマ旬報 11月上旬特別号』より転載)
『あの映画に、この鉄道』
著者:川本三郎
定価:本体2,500円+税
発行:キネマ旬報社
【PROFILE】
かわもと・さぶろう 評論家。1944年東京都生まれ。91年『大正幻影』でサントリー学芸賞、96年『荷風と東京』で読売文学賞、2003年『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞と桑原武夫学芸賞、11年『小説を、映画を、鉄道が走る』で交通図書賞、12年『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。キネマ旬報の長期連載で読者賞を7回受賞している。都市論、エッセイ、小説、翻訳など著書多数。近著に『「男はつらいよ」を旅する』(新潮選書)、『成瀬巳喜男 映画の面影』(新潮選書)、『映画の中にある如く』(キネマ旬報社)、『「それでもなお」の文学』(春秋社)などがある。
やました・のぶひろ 映画監督。1976年愛知県生まれ。大阪芸術大学映像学科の卒業制作「どんてん生活」(99)が国内外で高い評価を受ける。「天然コケッコー」(07)では毎日映画コンクール日本映画優秀賞、報知映画賞監督賞を、「オーバー・フェンス」(16)でTAMA映画賞最優秀作品賞を受賞。2011年には、川本三郎原作の「マイ・バック・ページ」を映画化。ほか主な作品に「リンダ リンダ リンダ」(05)、「もらとりあむタマ子」(13)、「味園ユニバース」(15)、「ぼくのおじさん」(16)などがある。最新作、山田孝之主演の「ハード・コア」が本年11月23日より公開。
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(執筆者: キネ旬の中の人) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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