契約前日に火事──それでも、子連れで働けるリノベーションスペースを生み出した18カ月間の挑戦
自分の暮らす場所を、仕事でつくる──。そうした働き方を実践されている小嶋直さん。本業である建築家の仕事をしながら、休日等を利用して、地域に新たなつながりを生み出す「シェアアトリエ」をオープンさせました。
火災や工事の遅れなどトラブルに見舞われながらも、自らアパートをリノベーションした小嶋さんから、その想いを実現させるまでの約18カ月間について語っていただきました。
一級建築士 小嶋直(こじまなお)氏
コーデザインスタジオ 代表 つなぐば家守舎株式会社 代表取締役
1980年東京都練馬区出身 工学院大学建築都市デザイン学科卒業後、一級建築士袴田喜夫建築設計室に入所。2012年に独立し埼玉県川口市にて建築事務所を構え、リノベーションなどを手がけるほか、2018年6月に埼玉県草加市でつなぐば家守舎を設立し、子連れで働けるシェアアトリエ「つなぐば」を運営。
リノベーションスクールが、2度目の起業のきっかけ
──小嶋さんはご自身で一級建築士事務所を経営しながら、2018年から新たに会社を設立されています。ここではどのような事業をされているのでしょうか?
新たに設立した「つなぐば家守舎」では、埼玉県の草加市にある古いアパートをリノベーションした「つなぐば」というシェアアトリエを運営しています。現在、ドライフラワーや布などを使った作品を制作販売する方やフリーランスの方が集まっており、それぞれが「つなぐば」で仕事をしています。
また、建物内には厨房も備えているため、料理のできる方が日替わりで入り、ランチやスイーツなども提供しているので、いわゆるコワーキングスペースとは少し雰囲気が違うかもしれません。このほか、時々イベントやワークショップを開催することもあり、主に地域の人に集まっていただいています。
──この事業は、どのようなきっかけで生まれたものなのでしょうか?
2016年秋に埼玉県の草加市で開催された「リノベーションスクール」(以下「スクール」)という3日間のイベントに講師として参加したことが最初のきっかけです。もともとは別の方が講師になる予定だったのですが、その方の都合がつかず私が引き継ぎました。
──そのスクールは、どのような内容だったんですか?
草加市では、市と民間が連携して「リノベーションまちづくり」という、草加駅周辺の価値を向上させる取り組みをしており、スクールはこの取組みの一環として行われているものです。
スクールのおおまかな流れは、草加市内に実際にある空き家や空き店舗などの遊休不動産がお題に出され、その物件を活用した事業プランを3日間で考えて発表するというものでした。スクールが終わってからは、それぞれのチームで実際に事業化に向けて動くことになります。
──小嶋さんは講師でありながら、事業化まで関わられたんですね。
そうですね。講師といっても、実際にチームに入ってプロジェクトを動かす役割を与えられていたので、スクール当日に割り振られたチームに加わりました。私が加わったチームには、デザイナーや不動産会社勤務、公務員の方など色々な仕事をしている人たちが集まっていて、このときのメンバーから出たアイデアが、「つなぐば」の原点です。
「予期せぬ火事」がもたらした再挑戦のための準備時間
──「つなぐば」では、「子連れで働ける場所」がコンセプトであると聞きました。ここで仕事をする人たちがお子さんを連れてくるキッズスペースもあるとのことですが、こうしたコンセプトはスクールの時に生まれたものなんですか?
そうですね。これはメンバーのひとりから「働く場所を求めている母親が多い」という話が出たことがきっかけです。草加市には小物などの創作をしている女性が多くいらっしゃるのですが、そういう方が創作や販売をできるスペースがあまりない。それで、「じゃあ自分たちで作ろう」という話になりました。
そんな感じでコンセプトは早い段階でできていたのですが、そこからが大変でしたね。スクールは3日間で終わりですが、本当に事業化するためには考えるべきことや、やるべきことがまだまだ多く、スクールが終わってからも、時には徹夜をしてプロジェクトを進めました。
その後、物件のオーナーの方から許可をいただくため、こちらのプランをプレゼンしたり、条件をねばり強く交渉したりした結果、ようやく契約していただける段取りになったのですが……。実は、契約予定日の前日に物件が火事になってしまったんです。
──え!? ではプロジェクトはどうなったんですか?
私もあわてて現場に駆けつけましたが、建物が燃えているのを見て呆然となりましたね。すでに工事を進めるために業者さんに声をかけたり、会社を設立する準備をしたりしていたのですが、すべていったん白紙に戻さざるを得ませんでした。
メンバーで再度集まりましたが、「どうしたらいいんだ」という感じで、動くに動けない状況が続きました。でも、今思えば、あの時間があったからこそ自分たちの事業プランを冷静に考え直すことができたと思っています。やはりあきらめるという選択にはならなかったので、応援してくれる方との関係を深めながら、次のステップに向けて気持ちを切り替えていきましたね。
──その後、今のつなぐばの場所を見つけられたんですか。
はい。最初は、もともと予定していた物件と同じく草加駅周辺で探していたのですが、なかなか条件の合う場所が見つからなかったんです。そんなときに市役所の方を通じて、今、「つなぐば」として使わせていただいている物件のオーナーとご縁をいただきました。
ただ、この物件は草加駅から離れており、スクールでは対象物件になっていなかったんですよ。それでも、せっかく私たちの活動に興味を持ってくれたので、まずは見るべきだと思い、現地を見せていただくことになりました。
それで実際に見てみたわけですが、自分たちが思い描いていたイメージにピッタリ合う場所だったんです。目の前には大きな公園があり、子どもが安全に遊べますし、スペースも十分です。オーナーの方も非常に協力的で、オープンまでの準備や宣伝など、様々な場面でお手伝いをいただいているので、本当にありがたい出会いだったと思っています。
業者頼みではなく、自分たちの力でリノベーション
──物件が決まってからは、どのように工事を進められたのでしょうか?
私たちは、欲しい暮らしを自分たちで作りたいという思いから、「DIO(Do It Ourselves)」というキーワードを掲げており、可能な限り自分たちできることはやることにしました。内装や棚などの備品も、古民家の解体で出た木材などを利用して作りましたね。
また、解体工事や、断熱材の設置、左官工事などは、ワークショップとして人を募り、お手伝いしていただきました。職人の方に講師として来ていただき、大人だけでなく子どもたちも混じって、みんなで楽しみながら工事をした感じです。
ただ、外部の業者さんにほとんど依頼しなかったので、工事の進行は計画より遅れてしまいましたね(笑)。手伝いに来てくださる方は女性やお子さんが多く、作業にあまり慣れていなかったので、仕方ないことです。その時間があったことで、メンバーの関係が深まりましたし、後に「つなぐば」に入居される方との出会いもあり、結果的に良かったと思います。
──2018年の6月にオープンの日を迎えられたわけですが、この日はいかがでしたか?
オープニングパーティーのときには私が挨拶に立ったのですが、自然と涙が流れました。スクールから「つなぐば」のオープンまでにかかった1年半の時間を思い出したんです。火事など大変なこともありましたが、手伝ってくださった方たちの顔を見ると、こみあげてくるものがありました。
妻への感謝もあらためて感じましたね。普段は自分の事務所の仕事をしていて、休日には「つなぐば」の準備をしたわけで、本当に怒られてもおかしくない状態でしたから。それでも彼女はずっと支えてくれていたので、頭が上がりません。
──ありがとうございます。最後に今後の展望をお聞かせください。
私たちが目指しているのは、「女性が輝いて生活できるまち」というものです。私自身は男性ですが、女性が笑顔で日々生活できていると家族としても幸せですからね。しかも、地域に一番溶け込んでいるのはやはり普段生活している女性なので、女性の活躍を応援することで地域の賑わいも生めると思っています。
そのための第一歩として「つなぐば」をオープンしたわけですが、まだまだできることはあるはずです。たとえば目の前の公園を使ったイベントをやったり、別の空き家を使ってお店を作ったり、この地域でいろいろな活動をしていきたいな、と。
「つなぐば」がある八幡町は草加市の中でも最大の広さで、いろいろな年齢や立場の方が住まれています。ですから、いずれは女性や子どもさんに限らず、あらゆる年齢や立場の人をつなぐ場所も作りたいという考えもあります。今は、隣近所の人を知らないというのがめずらしくない時代ですが、自然と良いつながりを生み出す場所を作っていきたいですね。
──前編「最初の就職先を初日で退職―それは、子連れで働けるシェアアトリエを造る建築家への道に続いていた」を読む文・小林 義崇 写真・刑部友康
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