【おカネの教室】リーマンショックを知らない中学生に借用書を書かせる「そろばん勘定クラブ」とは?
サッチョウさんはスポーツが好きな中学2年生の男子。彼は部活動とは違う校内のクラブ即ち選択授業で、「そろばん勘定クラブ」を選ぶ。好きで選んだわけではなく、クジ運の悪さから人気のないこのクラブに行く羽目になった。
サッチョウさんの他に、同じく中2の女子ビャッコさんがそろばん勘定クラブにいる。ところが、面子はそれだけ。そしてそろばん勘定クラブの顧問は身長2mの大男カイシュウ先生。だが、カイシュウ先生はそろばん勘定クラブの授業でそろばんを一切使わない。
代わりにカイシュウ先生は、「お金を手に入れる方法」についてサッチョウさんとビャッコさんに考えさせる。彼らが考えに考え抜き、捻り出したのが5つの答え。
・かせぐ
・ぬすむ
・もらう
・かりる
・ふやす
しかしカイシュウ先生は、それ以外の6つ目の方法があると言い出す。
それが『おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密』(インプレス)の主幹である。
リーマンショックは「たちの悪いジジ抜き」
さて、この本の主役であるサッチョウさんとビャッコさんは、先述の通り中学2年生。言い換えると、13歳か14歳ということだ。
2018年時点での14歳と仮定すると、彼らは2004年生まれ。4歳の頃にリーマンショックを経験している計算になる。だが、当時の金融危機の深刻さを4歳児が知る由もない。
「お二人、リーマンショックって、ご存じですか」
カイシュウ先生にそう問われたサッチョウさんだが、彼はテレビのドキュメンタリー番組でその呼称を聞いたことがある程度の認識しかない。当然、なぜリーマン・ブラザーズという銀行が破綻したのかという仕組みも知らない。
それに対してカイシュウ先生は説明するのだが、その言葉には明らかに怒りが混ざっている。
「これはたちの悪い『ジジ抜き』のようなものです。みんなでカードを引きっこしている。どれがジジかもわからずに」
リーマンショックの引き金になったサブプライムローンの破綻は、一部の銀行家が貧しい者に無理やり金を貸し、その借用書を証券化したことに始まる。それが長続きしない金融商品だということは百も承知で、ただ目先の巨利のためだけに売り続ける。カイシュウ先生はそのような銀行家を「ダニ」とはっきり呼び捨てる。
ただし、これをもってカイシュウ先生が「融資」という商行為を否定していると考えるのは誤りだ。この本は一部の記述だけを抜き取ると誤解を生みやすい内容でもある。お金を貸してそこから金利を得ることは、借り手と貸し手の双方に「合理的で理性的な合意」がなければならないとカイシュウ先生は語る。
「信用」を軸にした金融リテラシー
内容の主幹である「お金を手に入れる6つ目の方法」については、もちろんここでは書かない。
だが、ここでささやかなヒント。現代の資本主義経済とは、要は各人の「信用」で成立しているという事実がある。
借金をするということは、その人にある一定以上の「信用」があるということだ。それは当然ながら、その人の人格の良さという話ではない。「ちゃんと期限までに利子を付けて返してくれるのか」ということである。カイシュウ先生は、そのことを教えるために生徒たちに実際の借金をさせてしまうのだ。額は500円ではあるが、借金は借金。ちゃんと借用書も書かせる。
つまりカイシュウ先生が扱っているのは、「信用」を軸にした金融リテラシーである。そしてその授業が、家業にコンプレックスを抱いているビャッコさんにサプライズをもたらす。少し頑固でいつも眉毛を逆ハの字にしていた女の子が、本当の意味で芯の強い女性になっていく過程は実に清々しい。
この先、サッチョウさんとビャッコさんが高校大学とストレートに進むとしたら、8年後にはどこかの会社の新卒社員になっているはずだ。たった8年、である。にもかかわらず、今現在の中学生にとってのリーマンショックは「幼児の頃のおぼろげな記憶」に過ぎず、サッチョウさん自身もクジ運に恵まれていたらそろばん勘定クラブでカイシュウ先生の教えを受けることはなかったのだ。
もしかしたらこの本は、「100年に一度」とまで言われた金融危機が既に風化しつつあるということに警鐘を鳴らすものではないか。
8刷重版のベストセラー!!
『おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密(しごとのわ)』
(インプレス)著者:高井浩章
定価:本体1,600円+税PROFILE
高井浩章(たかい・ひろあき)
1972年、愛知県出身。経済記者・デスクとして20年超の経験をもつ。専門分野は、株式、債券などのマーケットや資産運用ビジネス、国際ニュースなど。三姉妹の父親で、初めての単著となる本書は、娘に向けて7年にわたり家庭内で連載していた小説を改稿したもの。趣味はレゴブロックとスリークッション(ビリヤードの一種)。
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