教科書に書いてあることを簡単に信じないのは研究者養成コース(ニュースの社会科学的な裏側)

教科書に書いてあることを簡単に信じないのは研究者養成コース

今回はuncorrelatedさんのブログ『ニュースの社会科学的な裏側』からご寄稿いただきました。

教科書に書いてあることを簡単に信じないのは研究者養成コース(ニュースの社会科学的な裏側)

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2018年のノーベル医学生理学賞を受賞した京大の本庶佑特別教授がインタビューで、研究にあたって心がけていることは「(論文とか書いてあることを)簡単に信じない」、研究者の道に進む夢を見る子どもたちに伝えたいことは、「教科書に書いてあることを(簡単に)信じないこと」と答えて※1、疑似科学界隈を活発化させるのではないかと言う危惧を呼んでいる。「一般向けになされたという意味では失言…きちんと弁解していただきたい」と発言全体を読まずに非難している社会学者まで現れている。

1. 論文に書いてある事を批判的に読むのは当然

論文に書いてある事をすぐに信じないのは大事な事だ。数報の学術論文を引っ張るだけで、あたかも確定した事実のように主張する人にはつらいだろうが、生命科学分野や心理学の論文の半数は再現性が無いと言われているし、重大な不正論文もよく指摘されている※2。それ以外の分野でも、誤りが見つかることは多々ある※3。査読付の理論論文ですら稀に訂正が入る。また、内的整合性がある理論論文でも、それが良く現実を描写しているとは限らない。論文は結論ではなく追試など検証を待っている途中経過と捉えるべきだ。

2. 教科書に書いてあることをすぐに信じないのは苦難の道

教科書に書いてあることをすぐに信じないのは苦難の道である。教科書、特に中高生や学部生向きのものは、その学問分野で既によく批判的に検証されたことが載っている※4。ページ数の都合からあっさり書いてあることや、想定される読者の学力に配慮して方便が書いてある事もある※5ので、教科書をよく吟味して読むのは悪い事ではないのだが、その必要性は論文よりは低い。

そもそも紹介されている現象を確認するには、学習者には現実的に実行できない実験や観測、統計手法が必要になることも多い。教科書の内容を本格的に実験で試すのは、大学に入ってからである。大半の人は、教科書の内容の多くを自分で検証する機会を得ることができずに、死んでいく事になる。その分野の研究者であっても、全部を自分で検証する余裕は無いはずだ。

御本人も研究者を志すときの心構えとした上の発言なのだが、教科書に書いてあることをすぐに信じないのは研究者養成コース。苦難に満ちた茨の道である。非専門家はだいたいのケースで教科書を信じる方が無難であろう。「実験数学読本*1 」のような本で紹介されている手軽な実験で分かる範囲のことは、自分で確認していくのは悪い学習法ではないと思うが、その程度でも手間暇時間は膨大にかかる。そう言えば霧箱で放射線を見たいのだが、まだやっていない。

*1:「実験数学読本」2016年06月21日 『amazon.co.jp』
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4535787395/ref=as_li_qf_asin_il_tl?ie=UTF8&tag=uncorrelated-22&creative=1211&linkCode=as2&creativeASIN=4535787395&linkId=8b83b19179d39462734899859d6f334e

3. 流言をすぐに信じないのは生活の知恵
「すぐに信じない」は、研究者以外でも流言に対して適応すれば、有用な教訓になりうる。インタビュー全体を読まずに擬似科学界隈がキャッキャと喜んで、教科書に書いてることが正しいとは限らないと言い出しても、彼らが言っていることが正しいことは意味しないと指摘してあげられるからだ。

なぜ治験で効果があると見なせるのか、なぜランダム化比較試験(RCT)で統計学的に有意な差があることが求められるのか※6、なぜ統計学的に有意である事で真実と見なすのが適切なのかと言うようなところは理解している人であれば、イカサマ医療避けににもなる。

今回のノーベル賞は免疫治療に関する研究の受賞だが、免疫治療を名乗るイカサマ医療は少なくない。詐欺師が免疫治療を押してくることになるであろうが、同じ免疫療法に分類される治療法でも治験を経ていない場合は、治験を経た免疫チェックポイント阻害剤オプジーボと同じように効果があるとは言えないことに気づけるだろう。

研究者にならなくても、研究について知っておくのは良いことかも知れない。研究成果だけではなく、その成果を得るための方法についても、もっと詳しい紹介がメディアからあるべきな気がして来た。

※1 「ネイチャー誌、サイエンス誌の9割は嘘」 ノーベル賞の本庶佑氏は説く、常識を疑う大切さを。
2018年10月01日『バズフィードジャパン』
https://www.buzzfeed.com/jp/keiyoshikawa/honjo-kyoto

※2 関連記事:STAP幹細胞騒動に関して素人が心得るべきこと
2014年2月26日『ニュースの社会科学的な裏側』
http://www.anlyznews.com/2014/02/stap.html

※3 ネット界隈で話題になったニュートリノが光より速いと言う論文は、ネジが緩んだための誤計測であった。常温核融合騒ぎを覚えている人も多いかも知れない。

※4 大学のテキストでは、版を重ねていない教科書には誤字・脱字的な誤りは多々あって、著者や出版社が修正一覧を配るのが通例だし、そもそも著者がよくわかっていないと言う悲劇もあるようだ。偉人が書いたテキストでも、歴史的には誤りが含まれることはある。「数学セミナー」2018年9月号*2 の特集「間違いから発達した数学」で、成城大学/立教大学の中根美知代氏が大数学者コーシーの教科書「解析教程」の1821年版にあった誤った定理を紹介していた。

*2:「数学セミナー 2018年 09 月号」2018年8月10日『amazon.co.jp』
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B07F7V1XS6/ref=as_li_qf_asin_il_tl?ie=UTF8&tag=uncorrelated-22&creative=1211&linkCode=as2&creativeASIN=B07F7V1XS6&linkId=ab6d2a74555b0f52530faf35ec6fc9a7

※5 中高の微積分ではε-δ論法は教えないし、大学の学部でも外積代数を教えずに完全微分方程式を扱うことが多いようだ(関連記事:導関数dy/dxのdyとdxを説明するのは実は苦労*3)。

*3:「導関数dy/dxのdyとdxを説明するのは実は苦労」2017年1月11日『ニュースの社会科学的な裏側』
http://www.anlyznews.com/2017/01/dydxdydx.html

※6 関連記事:汝、ランダム化比較試験を知ることなく現代科学を語ることなかれ,化学物質過敏症におけるある内科医の四苦八苦 – 彼らにはRCTの説明から必要かも

*4:「汝、ランダム化比較試験を知ることなく現代科学を語ることなかれ」2013年7月5日『ニュースの社会科学的な裏側』
http://www.anlyznews.com/2013/07/blog-post_5.html

*5:「化学物質過敏症におけるある内科医の四苦八苦 – 彼らにはRCTの説明から必要かも」2013年7月17日『ニュースの社会科学的な裏側』
http://www.anlyznews.com/2013/07/natrom-rct.html

執筆: この記事はuncorrelatedさんのブログ『ニュースの社会科学的な裏側』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2018年10月12日時点のものです。

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