坂口拓インタビュー 77分1カットの死闘『狂武蔵』を完成させる理由と黒澤明を超える“侍映画”の未来

▲坂口拓(TAK∴)

坂口拓は、『VERSUS』(北村龍平監督)で注目を集め、世界のアクション映画ファンに熱狂的に迎えられた俳優だ。ところが、園子温監督の『地獄でなぜ悪い』(13年)を最後に、突如として俳優業から引退。紆余曲折を経て、昨年20年来の盟友・下村勇二氏(『アイアムアヒーロー』『BLEACH』アクション監督)がメガホンをとった『RE:BORN』で“戦劇者TAK∴”として復帰した。『RE:BORN』は、稲川義貴氏が創り上げた戦闘術・ゼロレンジコンバットを全編にわたって駆使し、これまでの邦画にはなかった独自のアクションで観客を魅了し、自主映画体制ながら全国の映画館でロングランするに至っている。同時に坂口は、“匠馬敏郎”名義でアクション監督を務めた『HiGH&LOW THE RED RAIN』などでも知られるようになり、演じ手、作り手として活動を活発化させている。

そんな坂口が、俳優として出演した最後の作品『狂武蔵』(13年)が約5年の月日を経て蘇ろうとしている。同作は、宮本武蔵と吉岡一門の決闘をモチーフに、世界初77分1カットの画期的な戦いを収めながら、坂口の引退興行で上映されたのみ。いわば“お蔵入り”となっていたこの作品を、クラウドファンディングによって完成させるプロジェクトが進行中なのである。果たして、なぜ引退のきっかけとなったいわくつきの作品を蘇らせるのか? 坂口本人と、プロデューサーとして『狂武蔵』完成プロジェクトを立ち上げた太田誉志氏の口から、始まり、そして、未来に見据えた新たな“侍映画”についてまで語ってもらった。

俳優・坂口拓の死と『狂武蔵』の誕生

▲『狂武蔵』より

――『狂武蔵』の原型は、園子温さんが監督される予定だった『剣狂 KENKICHI』だそうですね。坂口さんが園監督と出会われたのは、『愛のむきだし』(08年)の頃ですか?

坂口拓(以下、坂口):そうです。『愛のむきだし』の少し前ですね。

――『狂武蔵』の後に、『地獄でなぜ悪い』に出演されて、一旦は俳優を引退されました。園監督は、坂口さんが俳優をやめるつもりだったのをご存知だったのでしょうか?

坂口:知らなかったですね。色々なことがあって『剣狂 KENKICHI』はダメになったんですけど、それでも園さんが「俳優としての拓を撮ってあげたい」という風に思って下さっていたんで、『地獄でなぜ悪い』には出演した、という感じです。

――『剣狂 KENKICHI』のテーマも、宮本武蔵だったのでしょうか?

坂口:全然違いましたよ。最初に貰った『剣狂 KENKICHI』の台本はめちゃくちゃ面白かったので、(『狂武蔵』にも)使えればいいな、と思ったくらいです。もともとは、カルト集団の殺し屋養成所が舞台で。「殺すことを容易くするために、生まれたばかりのネコで卓球をする」みたいな。刀を使う、古くから続く侍チックなカルト集団を抜け出した男が、もう一度戻って戦う……という話でした。

――すごい設定ですね。

坂口:『剣狂 KENKICHI』は、イン前から色々なことが重なって、撮影が2回延期になりました。3回目に、ついにプロデューサーから「すいませんけど……」とストップがかかったんですけど、そのときには機材もすでに抑えてあった。じゃあ、『剣狂 KENKICHI』でやろうと思っていた10分1カットのシーンを、77分1カットに変えてやろう、と思ったのが『狂武蔵』のスタートです。

――なぜ武蔵を題材にされたのでしょう? 

坂口:みんながよく知っているものが題材だとわかりやすくていい、と思ったのが一番大きな理由ですけど(笑)。武蔵に人間性を感じたから、というのもあるんですよね。剣術家は「宮本武蔵が一番強い」みたいなことは誰も言っていなくて、実はそこまで強くなかったんじゃないか、と。巌流島で佐々木小次郎を待たせて怒らせたり、吉岡一門との戦いでも、隠れながら本陣を襲ったという説もありますし。

――手段を選ばないとされた武蔵と、実戦的なアクションを追求される坂口さんの姿は、確かに重なります。

坂口:(当時の坂口は)刀の師匠もいなくて、我流でやっていました。武蔵も特定の師を持っていなかったので、ある意味、我流でやっていたという部分ではリンクしていたのかな、とは思います。

――『狂武蔵』で披露されいる剣術はほぼ我流だそうで。ただ、テスト映像を(のちに坂口の師となる)稲川義貴さんに見せて、いくつか使える技を習ったと聞いています。

坂口:「巻き打ち」「螺旋」それから、ぼくが「飛燕」と名付けている3種類の技だけ習いました。当時はまだ、稲川先生にそこまでガッツリと教わる関係ではなかったので。

――77分1カット、1発撮りなので、独特の緊張感のある作品になっています。

坂口:勇ちゃん(※編註:下村勇二氏のこと)は「前半が単調だ」と言ってましたけど。確かに、リアルにやると単調になっちゃうんですよね。ぼくもそうは思ってはいるんですが、『狂武蔵』は実験的な作品なので。面白いのは、「人間の限界を超えて強くなる」というところです。ある意味で、ドキュメンタリーというか。後編にいくほどスピードがあがっていくなんてことは、(フィクションでは)あり得ないことじゃないですか。だんだんと肩の力が抜けて、体力がゼロになって、さらにマイナスにいくと“ゾーン”に入っていく。

▲『狂武蔵』より

――もともと、そういう姿を見せたかった?

坂口:いや、それは結果論です。そうなるとは思わなかったですし。開始5分で指の骨を折った時点で、自分の中では最後までやれないと思っていました。やれなくなるのも、また一興だなと思っていたんです。でも結局、最後までやっちゃったんですよね。それだけです。それまでは、10分しかやったことなかったわけですから、残りの60分近くは未知の領域です。映画のイン前から精神状態もボロボロでしたし、「絶対に成功させないといけない」というプレッシャーもあったからか、すぐに自分をなくしていた。成功するかなんて、なおさらわからなかったです。

――極限状態になったアスリートは、“ゾーン”状態になると聞きます。ゾーンとは、どんな感覚なんでしょう?

坂口:俯瞰で自分を見ている感じです。基本的にそれまでは、後ろから斬りかかってくる人間が“声を出す”というきっかけがありました。声が聞こえるから、振り向いて斬るわけです。後半はよく観ると、誰も声を出していないんです。でも、ぼくには見えている。俯瞰で自分を捉えているから、誰が斬りかかってくるかが呼吸でわかる。風で、肌で「来るんじゃないかな」と感じる。だから、全員が怖がっちゃって、絡みに来なくなりました。目がイッちゃってるし、動こうと思えば反応されて斬られる。みんなが嫌がるから、「行けよ! 行けよ!」と、激が飛んでいました。門の前の戦いあたりからは、疲れもなくなったし、息切れもしなくなりました。無です。「あれ? 疲れてないな」と、気が付いたんです。これだったら、丸一日、なんだったら3日でも4日でも戦える。「どんどん来いよ!」と。

――がむしゃらにやっているようにも見えますが、カメラワークや構成など、色々と工夫されていますよね。謎の町娘や、史実ではそこにいないはずの剣豪も登場しますし。エンターテインメント性も意識して作られたのでしょうか?

坂口:多少は意識しました。いくら実験的な映画とはいえ、ずっと戦いを見せられることにみんなが耐えられるのかな、というのはあったので、ストーリーは入れたいな、と。宮本武蔵にまつわるものは、一応は入れようとは思っていましたし、エンタメとしてギリギリのところは保ちたいという想いはありました。あと、一回休憩を挟もうとは思っていました。(カメラの外に)はけたところが、最後の休憩ポイントです。

――坂口さんがはけたところは、他のキャストの方がちょっと面白い芝居をしていて、緊張感が解けてよかったです。

坂口:そうですか……でも、ぼくは(本編を)観てないんですよ。

――それはまた何故?

坂口:観ようとすると思い出しちゃって、吐いちゃうんです。当時は木刀を持っただけで戻しちゃいました。撮影直後が一番ひどかった。当初の映画が潰れたからなのか、撮影のストレスからなのか、一日中ぼーっとしていることが多くて。『狂武蔵』にも出てくれている、紅ア太郎くん(編註:大衆演劇・一見劇団所属)の一座の舞台に出ることになって、木刀を持ったんですが……木刀を持って出ると思ったら、居ても立っても居られなくなっちゃって、本番の10分前に駅まで走って逃げちゃった。駅の改札を通ったところで、「俺、何やってんだ。ダメだダメだ」と我に返って、走って戻りましたけど。「俺の出番になったら、肩叩いて」って言って、舞台袖でずーっと座っていました。

――ヤバイですね。

坂口:ヤバかったですよ。ただ、舞台に出たら普通にやってましたけど。

坂口拓 引退興行 〜男の花道 最後の愛〜 予告篇(YouTube)
https://youtu.be/0Xhex6sadxA

――『狂武蔵』は坂口さんの引退興行で一度上映された後、ソフト化もされず宙に浮いた状態でした。やはり、世に出したいという想いはあったんですか?

坂口:当時はそこまでちゃんと考えることもできなかったです。役者としてはもう終わったと思っていたので。園さんの『地獄でなぜ悪い』での役も、アクション俳優になりたい男でしたけど、がっつりアクションをするわけではない。当時のことで覚えているのは、『狂武蔵』の撮影が終わった後、寝転がって顔にタオルを当てたら涙がボロボロこぼれたんです。完成した嬉しさで泣いているわけでもないし、哀しいわけでもない。身体が分裂して泣いている、って感じで。その時に、「俺はこのままアクションを続けて、何をやりたいんだろう?自分をボロボロに傷つけることが、表現者としてやっていきたいことなのか?」と、身体が泣いているのが分かったんです。で、心の中で「わかった。もうやめるよ。だから、泣くのはやめようよ」と思いました。

――考える余裕もなかった、と。

坂口:誰かが何かをしてくれるわけでもないですし、救世主が現れなければ眠ったままだったでしょうね。

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