乙一さんの『しあわせは子猫のかたち(失われる物語)』は何度も読み返す一冊——アノヒトの読書遍歴:コヤマヒデカズさん(前編)

乙一さんの『しあわせは子猫のかたち(失われる物語)』は何度も読み返す一冊——アノヒトの読書遍歴:コヤマヒデカズさん(前編)

ロックバンド「CIVILIAN」のボーカル&ギターとして活動するコヤマヒデカズさん。制作する楽曲のすべての作詞、作曲を手掛けます。かつて、専門学校の同級生だった純市さん、有田清幸さんらスリーピースバンドを結成し、2008年から活動を開始。インディーズにして絶大な人気を誇る中、2016年7月にバンド名を現在のCIVILIANに改め、2016年12月発売のシングル「愛/憎」でメジャーデビューを果たしました。今年8月には5thシングル「何度でも」をリリースしたばかりで、今もなお精力的に音楽活動を続けるコヤマさん。今回はそんなコヤマさんに、日頃の読書生活についてお話を伺いました。

——まず、子どもの頃はどんな本を読んでいましたか?
「小学生のときはそれこそ漫画を読んでいました。僕が小学生の頃って、おそらく『少年ジャンプ』の黄金期って言われる時代だったんですよ。『スラムダンク』とか『幽遊白書』とかが連載されていて。だからジャンプの漫画はやっぱり読んでましたね。『スラムダンク』に憧れてバスケの選手目指したりしてました」

——活字を読むようになったのはいつ頃からですか?
「小学校の終わりぐらいに、意識して初めて活字の本を読んだのですが、『二分間の冒険』という児童文学です。たまたま図書館で見つけたのですが、それがすごく面白くて、そこからなんとなく自然に活字にハマっていきましたね。中学生になってから徐々にライトノベルなどを読み始めて……でも中学のときぐらいまではまだそんなに熱心に読んだという感じではなかったんですが(笑)。僕はどちらかというと中学のときはアニメとゲームばっかりだったというか、典型的なオタクだったんですが、高校に入ってオタクの友達ができたんです。その友達からライトノベルをいっぱい貸してもらって、高校から読み始めたっていう感じでした」

——なるほど。現在バンド活動では、作詞および作曲を手掛けていらっしゃいますが、何か本から影響を受けることはありますか?
「そうですね、歌詞を書くときに明確に何かの作品を参考にするということはないんですけど、でも多分書いている言葉のボキャブラリーとか、そういう下地には絶対になっていると思います。歌詞を書くときは、例えば一つの表現をするときの言い回しも無限にあるじゃないですか。僕にとって詩というのは、例えば『あなたが大切です』みたいなことを『あなたが大切です』という言葉を使わずにいかに表現するか。そこでどれだけの表現ができるかって結局どれだけ言葉を知っているかによると思うんですよね。そういう意味ではこれまで読んできたものが確実に参考にはなっていると思います」

——やはり歌詞にも読書経験が反映されているんですね。なかでも記憶に残っている作品はありますか?
「乙一さんの『失われる物語』という短編集ですね。一番お薦めしたい物語は『しあわせは子猫のかたち』というタイトルの短編です。これは当時読みながら泣いてしまって、本当に今でも心に残っている作品の一つです」

——どんな内容でしょうか?
「主人公は子どもの頃から人付き合いが苦手な大学生の男性です。いじめを受けたりして、ますます人と関わるのが億劫になっていって、実家から遠く離れた大学に進学するんですが、そのときに借りた家が殺人事件の起きた家だったんです。住んでいくうちに、その家の中でだんだん不思議なことが起こり始めて……という感じで幽霊との共同生活が始まるんです」

——印象に残っているシーンはありますか?
「幽霊は女性なんですが、主人公がある夢を見るんです。その夢というのが、幽霊の女性と一緒に街を歩いている夢で。その顔も知らない女性と一緒に歩いているという、ただそれだけの夢があまりにも彼にとって幸福な夢すぎて、起きた瞬間主人公は泣いてしまうんです。泣いてしまった理由というのは、この幽霊の女性が生きていてくれたらいいのにっていう悲しさじゃなくて。自分のような人付き合いが苦手で、人を遠ざけて一人で生きているような人間では絶対に手が届かないような人の温もりだったり、明るさだったり、自分がとうに諦めていたものを、やっぱり自分は心の底では望んでしまっていたんだということに気付いてしまうからなんです。これが一番気に入っているシーンですね」

——そこでコヤマさんも泣いてしまった。
「はい。最後に幽霊は消えてしまうんですが、その幽霊から手紙が届くんです。そこには主人公との生活がいかに幽霊にとって楽しかったかが書かれていて。『私は悲惨なこともたくさん経験したけど、でもそれと同じように、胸が締め付けられるくらい美しい出来事にもたくさん出合ってきた。この際限なく広がっている美しい世界の、あなただってその一部なんだよ』って。僕はそこで泣いてしまって、これはもう何回も読み返そうって決めましたね、そのときに」

——ありがとうございます。後編ではコヤマさんの思い出の一冊などをご紹介します。お楽しみに!

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